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犯罪学から見たパリの新聞社襲撃テロ

イスラム排外主義がテロリストを生むのではなく、移民政策の不十分さが犯罪者を生む

河合幹雄 桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)

シャルリー・エブド紙の事務所近くで、犠牲者を追悼する人たち=2015年1月18日、パリシャルリー・エブド紙の事務所近くで、犠牲者を追悼する人たち=2015年1月18日、パリ
 パリで大きなテロ事件が起きた。ムハンマドを「風刺」した週刊新聞の編集部がカラシニコフ銃で武装したイスラム教徒に襲撃され12人死亡、同時に、アフリカ系イスラム教徒が警官を射殺したのち、ユダヤ人向けスーパーを襲撃し4人を殺害し立てこもる事件が発生した。犯人3人は射殺された。人々のリアクションを観察すれば、フランス中で、まるで戦争を仕掛けられたかのような騒ぎになっている。

 既に、多くの記事が世界中で出されているが、イスラム排外主義、言論の自由、武器、テロの背後組織に関するものがほとんどである。大切な観点が抜けている。犯人たちの生い立ちや生活環境に注目すれば、彼らは、テロリストである以前に犯罪者である。国際学会で会ったイギリスMI5の部長も、国際テロの研究員の3分の1が犯罪学者だが、もっと多くてよいと主張していた。犯罪学の観点からの検討を重視すべきである。

 アルカイダが有名になって以来、多様な国でテロが実行された。実行犯は、ほぼ全て現地で生まれ育った人間である。地理勘は犯行には欠かせないし、国際テロ実行のプロなどという人員がたとえいたとしても国境をまたぐと記録に残るためマークされてしまう。実行犯は現地調達に頼るほかないのである。そこで誰を選ぶかである。イスラム教徒ということが頭に浮かぶかもしれない。

 しかし、イスラム教徒は世界中に極めて多数おり、実行犯の特徴ではない。テロと呼ぶが、やることは殺人である。殺人事件を研究すればわかることだが、ほとんどの人にとって、殺人を犯す決意はともかく、実行しきるとなれば、越えなければならないハードルは極めて高い。人を殺せる人物を選ぶ、つまり犯罪者から選ぶことになる。

 イスラム排外主義がテロリストを生むという言説は、論理の飛躍が甚だしい。移民政策の不十分さが移民の適応障害を招き犯罪者を生んだというステップが重要である。その中でも注目すべきは、移民の子供たちである。出稼ぎに来る人自身は、厳しい環境に対して覚悟しているし、納得できる報酬が得られれば精神的にも安定する。失職してしまって故郷に錦をかざれないから犯罪をしでかすパターンもあるが、こちらは財産犯であろう。子供たちは違う。異国で生まれ、国籍は取れるが、学校や就職で苦労しても、親に十分な世話をしてもらえないと、破滅的な犯罪をやってしまう可能性がある。今回の犯人たちは、その事例そのものである。

 フランスは外国人労働者と移民を相当数受け入れた。彼らは、フランスの労働者よりも低賃金で良く働くからである。フランスは、短期的には経済的に潤ったが、長期的視点が欠けていた。移民の子供たちの教育を忘れていた。また、企業は、良く働く者を優先する結果、元からのフランス人が失業した。そのため、フランス人失業者は、彼らを会社から追い出したとして移民と外国人労働者に対する排外政策を支持する結果となった。移民の子供と元からのフランス人の失業者のせいで地域の治安は悪化した。失業は犯罪の最大の温床である。イスラム国への参加者に白人が混じるのは驚くにあたらない。

 補足すれば、短期の利益が欲しい大企業と、企業寄りの「保守」政治家が、外国人労働者と移民の受け入れを画策し、左派は、甘い人道主義からそれに反対しない構図ができあがった。その中で移民の子供たちのことが忘れられたままになっている

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