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いじめと刑事事件の間にある距離とは

福島からの避難児の被害者の苦しみを理解しなかった横浜市教委

河合幹雄 桐蔭横浜大学法学部教授(法社会学)

会見で謝罪する横浜市教委の(左から)伊東裕子健康管理・人権児童担当部長、岡田優子教育長、小林力教育次長=2017年2月13日、横浜市役所会見で謝罪する横浜市教委の(左から)伊東裕子健康管理・人権児童担当部長、岡田優子教育長、小林力教育次長=2017年2月13日、横浜市役所
 原発事故により福島県から自主避難した男子生徒が、横浜市で、いじめに遭ったことが話題になっている。新聞報道によれば、「○○菌」と呼ばれる、「プロレスごっこ」、ゲームセンターで「代金をおごらされる」などのいじめを受けて不登校になったという。なかでも、おごらされた金額が、被害者側によれば150万円にも上ることが注目されている。

  私は、この事件の真相を知りえる立場になく、この事件解決については直接言及せず、むしろ、いじめ事件解決の一般論としてどうあるべきか論じておきたい。なお、教育委員会の対応については専門外なので控えめに論じ、福島からの自主避難の問題も、いじめの取っ掛かりと受け止めており論評対象からははずしたい。

  「プロレスごっこ」などで痛めつけられながら、ゲーム代、飲食費などの「代金をおごらされる」ケースについて、「普通の感覚」として、強盗は無理でも、恐喝罪かなにかで逮捕できないのか、お金を巻き上げたのでしょう、という意見をしばしば耳にする。

  確かに、「またあの痛いプロレス技をかけるぞ」と脅せば、確かに恐喝罪か強要罪になりそうに思われる。刑罰についてのアンケート調査を手掛かりに予想すれば、人々の意識は、加害者を「刑事罰で厳しく罰し、150万円は被害者に返却させ、さらに反省させて、今後二度と繰り返さないように更生させる」あたりではないかと思う。

  しかし、現実はむずかしく、このような人々の意識に沿った「解決」がなされた事件など聞いたことがないのではないか。その結果、人々はフラストレーションを蓄積し、そんなことしているから少年犯罪が増加し凶悪化している、と勝手に想像している。

  実際は、少年犯罪は増加していないどころか激減していることは、少し調べれば確認できる。日本の非行少年対策は、世界の中で飛びぬけて成功している。それなのに、犯罪状況の正確な理解ですら、保持しているのは日本の人口の1%もいない。

  ひとつ考えられる仮説は、見事な対応をした事件は全く知られず、悪いことだけがニュースに出ているからというものである。いじめについても、具体的な成功事例が報道されれば意義深いはずである。ところが、そこがうまく行かない。なぜなら、具体的な成功例とは、被害額を賠償してもらい刑事事件にはしないというものだから、多くの人々にとって成功とみなされないからである。

  ゆっくり説明していきたい。問題は事実認定である。被害者側と加害者側の認識が一致して、こういういじめがあったというとこから人々は考え始めるが、それは無理である。プロレスごっこが、子供の遊びレベルなのか、いじめなのか証明はむずかしい。○○菌と呼んだことでも、それを聞いていて証言できる者が、それが執拗に繰り返されているところまで証言できなければ、一度や二度聞いただけではいじめ行為としての認定はむずかしい。

  おごったのも領収書などあるはずもない。加害者側が認めてくれなければ、刑事事件が要求するような証拠は手に入らない。150万円というのも、一方の主張に過ぎないことになってしまうのである。

  ここで注意しなければならないことは、加害者がウソをついていると考えてしまうことである。いじめ事件は、被害者だけが鮮明な記憶を持ち続け、加害者は忘れていることが多い。加害者にとって、熟考の結果いじめを実行するわけもなく、覚えていたい事柄でもない。

  いじめ事件の解決を依頼されて加害者に会えば、被害者から聞いて想像するようなとんでもない人間ではなく「普通の人」かむしろ「弱い人」であることが多い。悪者と決めつけて「厳しく」あたると、加害者側は事実関係を認めてくれない。そうなると、証拠不十分で、刑事事件化ができないどころか民事事件でも難航する羽目になる。

  結論を急がずに、自分がこの事件をなんとかすることを頼まれたと想定して対処法を考えてみればよい。

  私の経験で、最も大切にすることは、いじめられた側の意思である。第一に確認が必要なのは

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