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教員の長時間労働の縮減をめざし、給特法の改正を

「働き方改革」と時間外労働の上限規制について考える

樋口修資 明星大学教授

 今、政府は、「一億総活躍社会」の実現を目指し、ワーク・ライフ・バランスの推進など「働き方改革」に取り組んでいる。政府の進める「働き方改革」では、長時間労働に依存した企業文化や職場風土の抜本的な見直しを図ることで、過労死・過労自殺ゼロの実現と、女性や若者、高齢者など多様な人材が活躍できる社会の構築を図るとしている。

公立学校の教員には適用されない、時間外労働の上限規制

 このため、長時間労働の是正をどのように図るかが「働き方改革」実現の上で、大きな課題となっている。この課題については、本年3月「時間外労働の上限規制等に関する労使合意」がなされ、罰則付きの時間外労働の上限規制の導入が図られることとなった。現在、政府が進めている「働き方改革」では、長時間労働の是正を図るため、民間労働者を対象に、いわゆる「36協定」でも超えることのできない、時間外労働の上限規制(罰則付き)が法制化されることとなるが、問題は、時間外労働の上限規制は公立学校の教員には適用されない取り扱いとなっていることである。公立学校教員については、36協定締結権が剥奪される一方、労働基準法第33条第3項に規定する「公務のために臨時に必要がある場合」、上限規制のない時間外労働を命じることができる特例措置(給特法第5条)が定められているからである。

 働き方改革が進む中で、教員の長時間労働の縮減を図り、ワーク・ライフ・バランスの実現をどのように図っていくかは、残された大きな政策課題となっている。

 学校教育の成否は、教職員にかかっていることはいうまでもない。しかしながら、学習指導や生徒指導をはじめ学校の業務が複雑化・増大化する中で、教員が長時間にわたる勤務を強いられ、しかも不払いの時間外労働を余儀なくされ、疲弊している現状を直視すると、教員の職場の勤務環境の抜本的改善を図ることなくして、子どもたちに豊かな学びを保障し、学校教育の質の向上を図ることはできない。教員の仕事と生活の両立を図るための働き方改革は待ったなしの状況にある。

劣悪化する教員の勤務環境

 教員の勤務状況については、これまでに文部科学省(文部省)が実施した昭和41年度、平成18年度及び平成28年度の3回にわたる教員勤務状況調査から、教員の長時間労働の深刻な実態が分かる。

 昭和41年度調査では、教員の時間外勤務時間は、1カ月平均約8時間と報告されたが、平成18年度調査では、平日・休日合わせて、月平均の残業時間は約42時間と、大幅に増加し、悪化している。さらに、平成28年度調査では、18年度調査と比較して、平日・土日ともに、勤務時間が大幅に増加し、教諭の1週間当たりの学内総勤務時間をみると、小学校教諭では、4時間9分増加の57時間25分、中学校教諭では、5時間12分増加の63時間18分となっている。

 週60時間以上勤務する教諭の割合は、小学校で、33.5%、中学校で57.6%に上り、特に中学校教諭の半数以上が週60時間以上の長時間勤務を強いられている。週60時間以上の長時間労働は、月平均でみると80時間以上の時間外労働に相当するものであり、これは、「過労死ライン」を超える深刻な長時間労働に該当する。

 一方、(公財)連合総合生活開発研究所が実施した「教職員の働き方と労働時間の実態に関する調査」(2015)では、文部科学省の調査結果をはるかに上回る長時間労働の実態が明らかとなっている。この調査結果からは、教員の週当たりの労働時間の実態について、小学校で72.9%、中学校で86.9%の教員が、週60時間以上の勤務をしており、多くの小中学校教員が月平均で80時間を超える、すなわち「過労死ライン」を超える長時間の時間外勤務を強いられている実態が浮かび上がった。

 教員の出退勤時刻の実態については、小学校では、7時31分に出勤、19時04分に退勤し、在校時間は11時間33分に上っている。また、中学校では、7時25分に出勤、19時37分に退勤し、在校時間は12時間12分に上っている。学校現場では、長時間労働により、教員の生活時間は奪われ、休息時間の確保も不十分な状況にあることがわかる。

 平成18年度調査実施以降、文部科学省や教育委員会は、学校における業務精選などの多忙化縮減の取組を進めたものの、教員の多忙化の現状は、少しの改善も見られないばかりか、かえって悪化の一途をたどっているのである。

長時間労働の背景にある「給特法」

 今日、教員の長時間労働は極めて深刻な状況にあり、「過労死ライン」以上に働くことが学校の「常識」となっている。この憂うべき事態を改善し、教員の長時間労働を縮減することが喫緊の課題となっている。

 教員の長時間労働の背景には、労働基準法上、時間外労働の上限を定める「36協定」によることなく、労働基準法第33条第3項に規定する「公務のために臨時の必要がある場合」、法定時間外勤務を命じることのできる特例措置を定めている「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(「給特法」)の制度の存在がある。

 給特法においては、①教員の職務と勤務態様の特殊性を考慮し、教員には、時間外勤務手当はなじまないことから、勤務時間の内外にわたる勤務を包括的に評価して、「教職調整額」(給料月額の4%相当を基準)を一律に支給すること、②そのため、労働基準法第37条に定める時間外勤務手当・休日勤務手当は支給しないこと、③適正な勤務条件を確保するための措置として、正規の勤務時間外における命令による勤務が教員にとって過度の負担となることのないよう、教員については正規の勤務時間の割り振りを適正に行い、原則として時間外勤務を命じないこと、④ただし、校長は、政令で定める「超勤4項目」の業務に教員が従事する場合であって、「臨時又は緊急のやむを得ない必要があるとき」に限って、時間外勤務を命じることができること、具体的に、「超勤4項目」とは、「校外実習その他生徒の実習に関する業務」、「修学旅行その他学校行事に関する業務」、「職員会議に関する業務」、「非常災害の場合、児童又は生徒の指導に関し緊急の措置を必要とする場合その他やむを得ない場合に必要な業務」の4種類の業務のことをいうとされ、これら以外の業務については、校長は時間外勤務命令を発令することはできないことなどの特例措置が定められている。

 給特法は、「教育職員の職務と勤務態様の特殊性」(第1条)から勤務条件の特例を定めるとしたが、教員については、一般行政事務に従事する職員と同様な時間的管理を行うことは適当ではないこと、教育が特に教員の自発性、創造性に基づく勤務に期待する面が大きいこと、及び夏休みのように長期の休業期間があることなど、「教員労働の特殊性」が特例を定める理由として挙げられている。

給特法の趣旨は空洞化している

 しかしながら、教員が勤務時間内に到底処理できない業務が増大化・常態化し、それゆえ、教員の時間外勤務は「超勤4項目」を超えて大きく増大化している。それにもかかわらず、校長は明示的であれ黙示的であれ、「超勤4項目」を除いて時間外勤務を命ずることはできないことから、教員が行う時間外の勤務はあくまでも教員自身の「自発性、創造性に基づく勤務」であるとする給特法の前提と趣旨は、教員の時間外勤務の増大化・常態化に対して何ら「歯止め」の機能を果たし得ないものである。こうした給特法の下で、

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