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大谷翔平が大リーグで二刀流を実現できたワケ 下

興行成績重視のオーナー、投手陣が見劣りするチーム力、米国の開拓者精神も後押し

鈴村裕輔 名城大学外国語学部准教授

 「大谷翔平が大リーグで二刀流を実現できたワケ 上」に引き続き、大谷選手が「二刀流」に挑めている理由について、考察を続けたい。

 繰り返すが、大谷選手が投打にわたって活躍している最大の理由は、エンゼルスがそのように起用しているからである。広報活動や観客動員数を上げるために、アピール力のある大谷選手の「二刀流」を使っても不思議ではない。

観客動員増を狙って幾度も改名

3試合連続で本塁打を放った大谷=4月6日3試合連続で本塁打を放った大谷=4月6日

 そもそも、1961年に球団が設立されたエンゼルスの歩みは、観客動員数の向上に向けた取り組みの歴史でもあった。

 もともとエンゼルスがロサンゼルスに本拠を構えたのは、1958年に本拠地をブルックリンからロサンゼルスに移した、大リーグを代表する名門球団ドジャースにあやかったものであるし、1966年にロサンゼルスの南にあるアナハイムに移転した際には、「われわれはカリフォルニア州全体の球団だ」として球団名をカリフォルニア・エンゼルスに改めている。

 ウォルト・ディズニーが経営に携わった1997年からは、アナハイム市の支援を受ける代わりに球団名をアナハイム・エンゼルスに変更したものの、「アナハイム」の名前を用いることが球団経営に顕著な貢献がないとの判断から、契約違反を指摘する市側の反対を押し切って、2005年にロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムと改名。さらに、2016年には創立時であるロサンゼルス・エンゼルスに戻している。

敏腕のオーナー、モレノ氏の「意向」

 特に、2003年にアウトゥーロ・モレノ氏がウォルト・ディズニーからエンゼルスの経営権を購入し、メキシコ系米国人として初めて米国のプロ・スポーツ・チームの所有者となると、入場券や球場内の飲食物の値下げや家族向けの娯楽施設の拡充などを図っている。モレノ氏がエンゼルスを買収して以降、本拠地での試合の来場者の合計が毎年300万人を超え、大リーグでも屈指の観客動員力を示しているのは、地元自治体との訴訟をも辞さない強硬さと、来場者へのきめ細かな取り組みを行うモレノ氏の手腕がもたらす結果と言える。

 そんなモレノ氏に、他の球団ではなく、まさにエンゼルスにしかいない、大リーグで唯一の「二刀流」である大谷選手を投打にわたって活用しないという発想は、そもそもあり得ない。

 それゆえ、「オーナーのご意向」をおもんぱかって戦力の編成を行う立場にあるゼネラル・マネジャーのビリー・エプラー氏にとっても、またゼネラル・マネジャーがそろえた戦力を用いるマイク・ソーシア監督にとっても、大谷選手を投手と打者の双方で起用するのは当然のこととなる。さらに、エンゼルスはマイク・トラウト選手やアルバート・プホルス選手のような大リーグを代表する打者はいるものの、投手陣の層が薄い。打者としても投手としても活用できる大谷選手の重要性は、戦力編成のうえからも大きいのである。

左右両投げを許されなかったハリス投手

 どれほど話題になり、しかも本人が優れた才能を持っているとしても、周囲の人々がよしとしなければ、新しい取り組みや画期的な試みは実際に行われない。

 例えば、かつて大リーグには、左右両方から投げることの出来るグレッグ・ハリスという投手がいた。ハリス投手は1986年から、1試合のうちに右手からも左手からも投げる左右両投げを大リーグの公式戦で試そうと、右手でも左手でも利用できる6本指のグローブを着用していた。

 しかし、右打者に対しては右手で、左打者に対しては左手で投げるというハリス投手の左右両投げに、監督やコーチは懐疑的であった。さらに、1989年から1994年まで所属したボストン・レッドソックスでは、ゼネラル・マネジャーのルー・ゴーマン氏から「ボストンのような伝統を重んじる土地では受け入れられない」と、左右両投げを禁止されていた。

 ハリス投手が左右両投げを実現したのは、1995年9月28日のこと。ハリス投手は1995年のシーズンで引退したおり、いわば首脳陣による温情的な措置として左右両投げが実現したと言えるだろう。

周囲の条件がそろった結果

 ハリス投手に先立ち、大リーグの公式戦で左右両投げが行われた最後の事例は、1893年にさかのぼるし、ハリス投手の後に公式戦で左右両投げを行ったのは、2015年のパット・ベンディット投手までいない。ハリス投手は、20世紀で唯一、大リーグの公式戦で左右両投げを行った投手なのである。

 このように、話題の面で、大谷選手の「二刀流」に勝るとも劣らない左右両投げであっても、周囲の人々が理解を示さなければ実現しないのである。

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