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宗派間の底知れない恐怖心が支配するシリアのシナリオ

高橋和夫 放送大学教養学部教授(国際政治)

 日本時間の9月15日未明、ロシアとアメリカがシリアの化学兵器の国際管理に関して合意に達した。ロシアの提案を実質上アメリカが受け入れる形で、オバマ大統領は振り上げた拳(こぶし)を下ろすことができた。

 つまり、とりあえずは軍事行動をしないアリバイができた。合意では2014年前半までの廃棄完了が謳(うた)われている。ということは、少なくともそれまではアサド政権は倒れないという事実をワシントンが承認したこととなるのだろう。

 シリアで騒動が始まった直後以来、アサド体制は持たないだろう、と間違った分析をし、その間違いに基づいて、アサドは退陣すべきだと繰り返してきたオバマ政権が、2年半を経て、10万人以上の死者が出た後に、600万の難民を出した後に、やっと最初のボタンの掛け違いを認めたわけだ。

 このアメリカ政府の間違った認識と分析に乗っかってアサド政権の短期での崩壊を予想してきた筋にも、シリア理解の再検討が求められる。アサド政権短命説の予言者たちの遺体の多さに、独裁体制への嫌悪感から分析の冷静さを保つことの難しさを教えられる。

 しかしオバマ政権は何を読み間違えたのだろうか。それはシリアの少数派であるアラウィー派の抱く底知れない恐怖感である。

 そもそもシリアのアサド体制は、人口の13パーセントとされる少数派であるアラウィー派の支配体制である。この13パーセントが人口の70パーセントのスンニー派を支配してきた。残りの20パーセント弱を占めるキリスト教徒やシーア派などの少数派は、アラウィー派体制の周りに結集していた。つまり1割が2割の協力を得て、7割を支配する体制であった。言い換えるならば3割が7割の上に立つ構造であった。

 そこには無理があり、その無理を可能にしたのは秘密警察と情報提供者のネットワークであった。また逆らった者を逮捕し、拷問し殺害する赤裸々な暴力の行使があった。

 こうした体制下では民主化は難しい。民主化は選挙であり、選挙は投票数であり、投票数は人数であるからだ。

 民主化すれば、スンニー派の勝利は目に見えている。権力の喪失は、アラウィー派に対するスンニー派の報復を招く。そうした認識ゆえに、アサド体制は民主化を拒み、民主化を求めるスンニー派に発砲し続けた。そして状況が内戦に陥ると、頑強に戦い続けてきた。この内戦での敗北はアサド体制の崩壊のみならずアラウィー派コミュニティの存続そのものを危うくする、そうした認識が共有されていたからである。報復されるとの恐怖心で固められた団結であった。

 アラウィー派の恐怖心を心配し過ぎだと笑うことはできない。あるスンニー派の宗教指導者は、勝利の後のアラウィー派の処遇について尋ねられ、遺体をミンチ

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