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集団的自衛権論議に抜け落ちている視点はないか(下)――「巻き込まれ」後の安全確保を

谷田邦一 ジャーナリスト、シンクタンク研究員

 安倍氏の思惑はともかく、現実の政治はもっと複雑だ。その成否には二つの不安定要因が伴う。一つは国民のコンセンサスが得られるかどうか。もう一つは米国が気持ちよく「巻き込まれ」てくれるかどうかだ。

 後者から見てみよう。外務省が2013年、米国で実施した世論調査は驚くような結果だった。

 調査は13年7~8月に同省が米国の調査会社に委託し、一般市民1千人、政財界などの有識者201人から回答を得た。それによると、「日米安保条約を維持すべきと考えるか」の問いに答えた人は一般市民で67%(前年比22ポイント減)、有識者で77%(同16ポイント減)で前年に比べて急落。この質問が設けられた1996年以来、最低だったという。

 また「アジアで最も重要なパートナー」を尋ねたところ、一般市民で中国を挙げた人は39%と最も多く、次いで日本が35%。有識者も中国が最多だった。

 外務省関係者はこの結果について、尖閣諸島をめぐる日中対立が深刻化しており、米国内に日中の争いに巻き込まれることへの懸念が高まっているためと推し量る。

 オバマ政権が望むのは、日米中の良好な関係を構築し、東アジアの平和と繁栄を継続できる国際環境を作り出すことだ。米政権は世論に敏感なだけに、日米両国の対中路線の違いが今後、拡大する恐れは十分にある。

 17年ぶりの「日米防衛協力のための指針(ガイドライン)」の改定協議に、そうした食い違いが現れぬよう留意する必要がある。米国の関心が、中国よりも暴走が止まらない北朝鮮にあるのは自明だからだ。

 北朝鮮危機に備えた97年のガイドラインは対米支援を日本の領土・領海に限定し、公海上での弾薬輸送や捜索救難などを見送った。実は、米国はこの「積み残し」の実現を熱望している。微妙な同盟管理のためにも、ことさら対中抑止に走らず朝鮮半島有事への備えを固めるべきだろう。

 もう一つの不確定要因は、国内のコンセンサスについてである。

 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」が最終報告を発表したのは今年5月。政治の場では、1カ月半にわたり自公両党が協議を重ね、衆参両院の閉会中審査で様々な議論が交わされた。メディアの場でも、世論を二分する形で多種多様な報道がなされた。

 しかしこの間、どれだけ議論が深まったと言えるのか。日本が他国の戦争に巻き込まれるのではないかという感情論が目立ち、与党同士はいかに集団的自衛権の行使を限定し歯止めをかけるかに終始した。

 官邸前で大勢の人々が抗議集会を開き、高齢の元兵士らが反戦を訴えた。揚げ句は徴兵制復活への危惧さえ持ち出された。安全保障の専門家たちにとって、鼻白む議論が少なくなかったというのが正直な感想だろう。

 国民の混乱した反応に現れたように、各種メディアの世論調査では、過半数の人たちが「政府の説明は不十分」と答えている。より一層ていねいな国民への説明が不可欠だ。

 法整備をめぐり激論が予想される今後の国会審議、現職の苦戦が予想される11月の沖縄県知事選の行方など、今後の展望は決して明るくない。安倍政権は、日本が直面する厳しい現実に対し、より多くの国民に理解してもらう努力を強めなければならない。

自衛隊機に接近した中国軍のSu27戦闘機=201461111日午前11時ごろ、防衛省提供自衛隊機に接近した中国軍のSu27戦闘機=2014年6月11日、防衛省提供
 さらに政府に注文をつけるとすれば、瀬戸際に近づきつつある日中の現実について、もっと詳細に説明すべきだ。より多くの情報やデータを公開すれば、両国間の一触即発ぶりが説得性をもって理解できるはずだ。

 例えば南西諸島防衛で重要とされる航空優勢の現状はどうなっているのか。

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