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「2/3」だけが踊るふしぎな選挙報道

サーチライトジャーナリズムと予言の自己成就

渡邊久哲 上智大学文学部新聞学科教授

 第24回参議院選挙は、前後2つの政治イベントの間に埋もれた形になった。英国のEU離脱国民投票と東京都知事選挙である。前者は、海の向こうの話とはいえ、デーヴィッド・キャメロン、ボリス・ジョンソン、テレーザ・メイといった政治家たちが個性を放ち、残留派と離脱派に分かれて街角で議論を戦わす市民たちの熱い姿は遠く離れた我々にも届けられた。

 また、舛添バッシングの収束と同時に始まった都知事選報道は、桜井俊、小池百合子、増田寛也、石田純一、鳥越俊太郎と、次々と有名人の名が浮かんで色を添えた。これに比べ、参院選は政権側が提示するアベノミクスではなく、改憲が真のテーマであるという指摘がメディア各社からなされたものの、いま一つ盛り上がりに欠けた。

ズラリと並んだ各紙1面見出しの「2/3」

有権者選挙戦最終日、政党による最後の訴えを聞く有権者たち=7月9日、東京都内
 本稿では、選挙期間における新聞の予測調査報道について所感を述べたい。今回の新聞報道で印象深かったのは、公示翌々日、6月24日の朝刊で各社一斉に一面見出しに放った「2/3」という数字である。参議院において憲法改正の発議に必要な議席数の割合だが、全国5紙のうち読売新聞を除く4紙が、一面見出しに「改憲勢力2/3をうかがう」(毎日、産経、日経)「改憲4党2/3をうかがう」(朝日)と「2/3」を並べたのだ。

 そしてまた、投票日翌日の7月11日には「改憲勢力2/3超す」(毎日)、「改憲4党3分の2に迫る」(朝日)、「改憲3分の2発議可能に」(産経)と、示し合わせたように5紙すべてが「2/3(3分の2)」を使っている。今回の選挙戦を通して、改憲に対して賛成の新聞も、反対または慎重の新聞も、いずれも異口同音に、「2/3」を訴えているのは皮肉である。

 ここでいう改憲が憲法第何条何項の改正を指すのかなど、具体的な作業イメージに踏み込めば話は複雑になり、賛否を旗色鮮明にすることは難しくなるだろう。だからこのような「中立的な」数字表記にしかならなかったのかもしれない。逆に言うと、憲法のどこを改正する必要があるのか、そこをどう改正するとその結果どうなるのかといった説明が不足して、わかりにくい選挙報道になってしまったともいえる。

 有権者たる読者は、2/3が達成すべき望ましい数字なのか、忌むべき数字なのか、判然としないまま、2/3というマジックナンバーを頭の隅に置きながら選挙戦を過ごすことになった。朝日新聞は継続的世論調査の結果から、有権者がこの2/3という数字を必ずしも望んでいないことを紹介しているが、一面の見出しにはなかった。

有権者全体の半分にしか光を当てない選挙予測報道

 今回の報道においてもやはり気になったのは、選挙予測報道による「予言の自己成就」である。公示日翌々日の予測報道は、各紙が有権者を対象に実施した世論調査をベースにしている。しかし、これらの調査の回収率はいずれも5~6割にとどまる。全有権者を球体に見立てると、その半面に光を当てたサーチライトが映し出す絵柄であり、その報道はサーチライトジャーナリズムである。

 光が当たったのは、公示時点ですでに態度決定しており、

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