メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

浮ついた改憲論議ではなく、根本的な議論を

――憲法施行70周年に――

水島朝穂 早稲田大学法学学術院教授

トランプ政権発足と改憲論議

 WEBRONZAで「お試し改憲」について批判したのは2015年5月だった【憲法改正に「お試し」はあり得ない(上)(下)】。その間、二つの大きな変化があった。一つは、安全保障関連法の成立とその最初の運用形態である「駆け付け警護」の始動、実質的な集団的自衛権の行使と評価し得る自衛隊による合衆国軍隊等の部隊の武器等の防護の運用開始である【「駆け付け警護」――ドイツに周回遅れの「戦死のリアル」】。かつては憲法改正なしには不可能とされてきた事柄が、憲法改正を経ないで実現されつつある。違憲の安保法制を憲法秩序にねじ込むために、安倍政権は、明文改憲をひとまず棚上げして、ここ数年、集団的自衛権行使違憲の政府解釈(内閣法制局の解釈)を変更させ、それを法律の形で具体化することに全力をあげた。それが達成された以上、明文改憲の緊急性と必要性は当面はなくなったとみるのが自然であるにもかかわらず、ここにきて、憲法審査会での本格的な改憲論議が始まったわけである。

衆院憲法審査会が再開され、傍聴席(右上)には多くの人が詰めかけた=16年11月17日
 もう一つの大きな変化は、米国におけるトランプ政権の発足である。本来、憲法を改正するかしないか、どう改正するのかという問題は、その国の国民が自主的かつ自発的に議論すべきものである。ところが、日本の改憲論議は、「押しつけ憲法」論から「憲法9条=「日米同盟」の障害」論に至るまで、対外依存型である(端的に言えば対米依存症)。トランプ新大統領は、「安保タダ乗り論」を繰り返し語っており、米軍撤退の可能性にも言及している。憲法9条を改正して、フルスペック(完全仕様)の「普通の軍隊」をもつ方向が、トランプ政権の登場によって一気に強まるのかはまだ予測できないが、少なくとも「日米防衛協力の指針」(ガイドライン)と安保関連法の拡大運用を通じて、日本の軍事的な役割分担と基地負担に対するハードな、かつ意表をついた要求が突き付けられてくる可能性は否定できない。そうしたなかで、改憲論議はどのような展開になっていくのだろうか。

憲法審査会の改憲項目

 2017年の憲法審査会で議論される「改憲項目」の絞り込みという点で言えば、さすがに、「占領下でGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の素人により起草された」という「押しつけ憲法論」は議論の対象から外されたとみてよいだろう。とすると、「憲法が時代(現実)に合わない」といったアングルから改憲項目が設定されてくるのだろう。だが、これまでの憲法審査会での議論からしても、憲法改正を根拠づけるだけの説得的な理由は見当たらない。

 むしろ、改憲に熱心な議員たちに共通する「空気」は、改憲そのものへの過剰な執念である。理由づけはあとからついてくるかのようである。発言のなかには、いったいいつの時代の憲法の話をしているのかといったものもあった。例えば、昨年11月17日の衆院憲法審査会では、自民党議員が、皇室の地位は「天壌無窮の神勅」に由来し、早急にいま改正すべきは憲法2条(皇位の継承)であると主張した。「国民主権と象徴天皇制」という議論の大前提が踏まえられていない。私自身、2年前の3月に参議院の憲法審査会に参考人として参加した体験からも、議員たちの質問には、およそ憲法を論じるとは思えないようなものもあった【参議院で「憲法とは何か」を語る】。

 改憲項目の設定もすこぶる恣意的である【 立憲主義が問われた年――2015年の終わりに】。財政規律条項、環境保全条項、緊急事態条項の三つが挙げられ、一時期、緊急事態条項が前面に押し出されたこともあった。また、天皇の生前退位が改憲と関連づけられそうになったが、すぐに立ち消えとなった。参議院の選挙区の「合区」問題を改憲に連動させる高村正彦自民党副総裁の主張も出てきたが、これは参議院の地方代表化の方向でいずれ改憲項目に入ってくる可能性がある。そして、ごく最近、唐突に出てきたのが「教育の無償化」である。

 安倍首相は、維新の会の憲法改正原案にあった「学校教育の無償化」を、野党や国民の賛同を得やすい改憲項目として例示したという(『毎日新聞』2017年1月11日付 )。憲法26条2項は義務教育の無償化を定めているので、

・・・ログインして読む
(残り:約1564文字/本文:約3301文字)