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フェイクニュースへの法規制は劇薬か

根絶されるべき問題だが、立法議論の先行は現実的ではない

板倉陽一郎 弁護士、国立研究開発法人理化学研究所革新知能統合研究センター客員主管研究員

1.「フェイクニュース」概念の整理

ドイツでは10月から高額の過料を伴うフェイクニュース、ヘイトスピーチへの規制法が施行された=ベルリン、吉武祐撮影ドイツでは10月から高額の過料を伴うフェイクニュース、ヘイトスピーチへの規制法が施行された=ベルリン、吉武祐撮影

 フェイクニュースが問題視されている。「フェイクニュース」の確立した定義は存在しないが、ひとまずは、SNSにおける情報のフィルタリングにより、ユーザーが自らの興味等から抜け出せなくなる現象(「フィルターバブル<注1>」)を利用し、又は結果的にフィルターバブルによって効果的に拡散される、虚偽のニュースである、と整理する。SNS、特にFacebookは、ユーザーが閲覧するメイン画面(ニュースフィード)に、「友達」のあらゆる投稿を表示しているわけではない。Facebookは、ユーザーのあらゆる行動、どのようなプロフィールを記載しているか、どんな記事に「いいね」をしたか、どんな広告をクリックしたか、といったデータを一定のアルゴリズムで処理し、Facebookからみて適当と思われる投稿のみを表示している。ユーザーが一定の政治的傾向を持つ場合、同じような政治的傾向に合致するニュースや友達の投稿ばかりが表示され、そのような傾向がより増幅される、という現象が起きる。これがフィルターバブルである。このようなフィルターバブルや、前提となっているアルゴリズムを利用すると、意図的に何らかのニュースを拡散させることによって、ユーザーの政治活動や投票行動に影響を与えることができる。

 典型的なフェイクニュースには、2016(平成28)年の米国大統領選で拡散された、児童性愛の地下組織がワシントンDCのピザ屋に存在し、そこに、民主党候補であったヒラリー・クリントンが関与している、というニュースがある(「ピザゲート」)。言うまでもなく、その後の大統領であるドナルド・トランプ共和党候補の支持者が積極的に拡散し、平成28年12月には、これを信じた者によって当該ピザ屋での発砲事件も起きている。ピザゲートに関するフェイクニュースは、トランプ支持者という一定の政治的傾向をもつものの間で、事実を確認されることなく、共有され、「クリントンは悪だ」との印象を広めて投票行動を増幅したほか、発砲事件にまで結びついたというわけである。平和博は、類似した概念整理を行い、フェイクニュースについて論じた新書の中で、その背景にある情報のタコツボ化、又はアルゴリズムの公平性の問題として、フィルターバブルを取り上げている(注2)。

 一般的には、広義の「フェイクニュース」として、過失に基づく誤報や、パロディとして虚偽のニュースを提供する(注3)場合も含まれると理解されているが、このような整理に基づくと、狭義の「フェイクニュース」には該当しない、ということになる。

(注1)イーライ・パリサー著、井口耕二訳『フィルターバブル』(早川書房、2016年)(原著:Pariser, Eli. The filter bubble: What the Internet is hiding from you. Penguin UK, 2011.)
(注2)平和博『信じてはいけない』(朝日新書、2017年)第3章及び第8章。
(注3)日本語のサイトでは、「虚構新聞」(http://kyoko-np.net/)が著名である。虚構新聞は第16回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査委員会推薦作品に選ばれており、選評では「現実にありそうでなさそうな虚構のニュースを報道する嘘ニュースサイト」と説明されている。

2.フェイクニュースの法規制

2.1.現行の法規制

 このようなフェイクニュースについて、何らかの法規制を行うことは考えられるか。前提として、我が国における現行の法規制を概観する。

2.2.違憲性審査基準

 フェイクニュースであっても「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現」(憲法21条)に該当することは間違いなく、これを法で規制しようとすれば、憲法上許される規制であるかが問われることとなる。特に、表現内容の規制については、学説上、最も厳しい違憲性審査基準が妥当し、伝統的には「明白かつ現在の危険」が存在することが必要であるとされてきた(注4)。如何なる違憲性審査基準を採用すべきかについてはまさに百家争鳴であるが、いずれにせよ、経済的自由の規制立法よりは厳格に審査されるべきであるという点については概ね見解の一致があるといえるだろう。

2.3.刑事罰、行政規制

 フェイクニュースに関連した実体法上の規制としては、刑法上の信用毀損罪又は偽計業務妨害罪(刑法233条)が存在する。「虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」とするものであり、例えば、虚偽の爆破予告によって捜査機関の業務が妨害されたような場合には積極的に適用されている。また、事実の虚実を問うていないが(「公然と事実を摘示し」)名誉毀損罪(刑法230条)が適用できる場面もあるだろう。冒頭紹介したピザゲートに関しては、明らかにヒラリー・クリントンの名誉を毀損しており、元となるニュースを作成したものについては名誉毀損罪の適用が可能であろう。もっとも、拡散の舞台となったSNS事業者自身に名誉毀損罪の適用が可能であるかというと、SNS事業者にフェイクニュースの違法性を判断できるか、どの程度の放置(不作為)が違法を構成するかなど必ずしも容易ではない。また、信用毀損・偽計業務妨害罪、名誉毀損罪ともに、「人」に対する罪であり、あるカテゴリを画一的に貶めるようなフェイクニュース(フェイクニュースとヘイトスピーチの複合体であるといえる)については適用が困難である。

 行政規制としては、法務省が人権侵犯事件に関して行っている人権相談が存在し、関係調整や勧告・要請という形で、介入も行っている(ただし、<個別の効力を定めた>作用法上の制度ではなく、<組織の権限などを定めた>組織法上の根拠規定があるにとどまる。法務省設置法4条26号、人権擁護委員法)。インターネット上においても、名誉棄損やプライバシー侵害が甚だしい投稿については、これが投稿されたサイトに事業者に対して法務省が働きかけて削除させるということも行われているが、これも「人権侵犯」という区切り方であるので、不利益が個人の人権に及ばないようなフェイクニュースについては適用が困難である。

2.4.誤報に対する損害賠償請求

 誤報について、民事的な請求は可能か。この点については、いわゆる朝日新聞の慰安婦報道に関して「国民的人格権・名誉権あるいは知る権利が侵害された」として損害賠償請求がなされた事案が存在する。第一審は「旧日本軍の行為について誤った内容の報道がされたことにより大日本帝国又は日本政府に対する批判的評価が生じることがあるとしても、このような個々人に保障される人格権等を侵害すると解することには飛躍があり、上記のような報道をもって当該国家に属する国民の憲法13条で保障される人格権等を侵害するものと解することはできない」として権利利益侵害を否定しており(注5)、二審東京高裁でも判断が維持されたとの報道がある(注6)。

 このように、民事的な請求を行うとしても、個人の権利利益侵害に還元できないフェイクニュースについて、責任を問うことは困難である。拡散の舞台となるSNS事業者についてはさらにハードルが高い。

(注4)芦部信喜教授の二重の基準論の概説とその評価に関し、例えば松井茂記「芦部信喜教授の憲法訴訟論」ジュリスト1169号57頁(1999年)参照。もっとも、最高裁は必ずしも表現の自由の規制立法に関して厳格な審査基準を採用しておらず、「チャタレイ夫人の恋人」についてわいせつ物頒布罪の成否が問題となった最大判昭和32年3月13日刑集11巻3号997頁は、「憲法の保障する各種の基本的人権についてそれぞれに関する各条文に制限の可能性を明示していると否とにかかわりなく、憲法12条、13条の規定からしてその濫用が禁止せられ、公共の福祉の制限の下に立つものであり、絶対無制限のものでないことは、当裁判所がしばしば判示したところである」「この種の自由は極めて重要なものではあるが、しかしやはり公共の福祉によつて制限されるものと認めなければならない。そして性的秩序を守り、最少限度の性道徳を維持することが公共の福祉の内容をなすことについて疑問の余地がないのであるから、本件訳書を猥褻文書と認めその出版を公共の福祉に違反するものとなした原判決は正当であり、論旨は理由がない」として、「公共の福祉」による制限を認めるかのような判断をしており、現在においてもその判断は覆されてはいない。
(注5)東京地判平成28年 7月28日判例集未登載(平成27年(ワ)第1837号・平成27年(ワ)第8195号)。
(注6)「朝日新聞への賠償請求2審も棄却 慰安婦報道名誉毀損認めず「弊社の主張が認められた」と朝日広報部」産経ニュース平成29年9月29日。http://www.sankei.com/affairs/news/170929/afr1709290016-n1.html(平成29年9月30日閲覧)。

3.諸外国の動向

3.1.ドイツ

 ドイツでは、フェイクニュース、ヘイトスピーチ対策を意図してネットワーク執行法(Netzwerkdurchsetzungsgesetz: NetzDG<注7>)が制定されており、平成29年10月1日から施行された。SNS事業者に大きな負担を課すものであるとして話題になったが、その内容は以下のとおりである。

 適用対象は、ソーシャルネットワークを運営するテレメディアサービス事業者(NetzDG1条1項)であるが、利用者が200万人を下回る場合には義務が免除される(同2項)。

 対象となる「違法コンテンツ」とは、ドイツ刑法の特定の犯罪を含むコンテンツであり、対象犯罪には侮辱(ドイツ刑法185条)、名誉棄損(同186条)、違憲団体の宣伝(同86条、ナチスを奨励する等)、犯罪の扇動(同111条)などが含まれている。従って、ネットワーク執行法は新たに違法な情報を定義するものではなく、違法の範囲を拡大するものではないが、ドイツ刑法の特定の犯罪を含むコンテンツであれば、フェイクニュースも対象となり得る。

 違法コンテンツについては苦情処理義務(NetzDG3条)が課せられ、明らかな違法情報について苦情を受けた場合は24時間以内の削除またはアクセスブロック義務、そうでない違法情報についても苦情を受けた場合は7日以内の削除またはアクセスブロック義務が生じる(同2項、3項)。この点が、SNS事業者に過酷だとされている。

 ただし、これらの削除またはアクセスブロック義務について直接的に過料が課せられるわけではない(同4条)。効果的な苦情処理手続の設置義務(同3条1項第1文)や苦情処理手続の監督義務(同4項第1文)の違反について5000万ユーロ(約66億円)以下の過料が科せられるとされている。従って、明らかな違法情報の苦情について24時間を一瞬で超えたら過料が科せられるわけではなく、そのような苦情処理全体が適切でない、または適切に監督されていないと判断されたときにはじめて過料が科せられるという仕組みになっている。なお、「明らかな違法情報」であるかについては、事前に裁判所の判断を受けなければならないことになっている(同5項)。

 このように、違法コンテンツに対して苦情があれば直ちに削除しなければならず、違反すれば直ちに過料が科せられる、という構造にはなっていないが、違法コンテンツの放置が莫大な過料につながる可能性があり、憲法上の疑義も呈されている(注8)。

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