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政局をしている暇のない地球環境経営/米・中の環境=経済志向に注目しよう

小林光 東京大学教養学部客員教授(環境経済政策)

オバマ大統領の二期目の就任演説が大きく報道された。その中で、地球温暖化の下りには注目させられた。「我々は気候変動の脅威に対処する。そうしなければ、子どもたちと未来の世代を裏切ることになる…」とし、さらに、気候が実際に悪い方向に向かっていることを認めた上で、「我々は変化を主導しなければならない。新しい雇用と新しい産業を促進する技術をほかの国に譲り渡すことはできない」(日本語訳は、朝日新聞1月23日付け朝刊掲載の「要旨」による。)と述べた。今まさに進んでいる、2020年以降の国際的な地球温暖化対策に関する外交交渉に対して、強くコミットする内容であるし、また、気候変動による被害の回避だけでなく、新産業に伴う経済的な利益の確保も、米国のモチベーションであることを明らかにしたものでもある。

 これを聞いて、中国を思い出した。「ほかの国」とは中国ではないかと。

 昨年秋に、朝日新聞主催で開かれた恒例の地球環境フォーラムに出席した中国共産党中央学校の馬教授は、中国が、今や、太陽光発電や風力発電といった再生エネルギー技術に対し世界でも最も大きな投資をし、また、その発電量の伸びの最も大きな国であることを自信をもって語っていた。隣の席に座って、一緒にパネルディスカッションに臨んだが、中国は、まさに経済大国になるために、エネルギー上の隘路を克服しなければならないこと、そしてその目的で国内で培った技術は、即、国際商品になることを既に十分に悟っている、と、ひしひしと感じた。

 米中、二大経済大国の話をしたが、海外では、地球温暖化対策は、今や、世界市場の争奪戦の旗印と化していることに気づかされる。

 欧州も、国内の斜陽産業の雇用の移動先として再生エネルギー産業に的を絞ってその振興を進めている。北海油田の労働力を洋上風力発電事業に振り向け、空になった油田、ガス田は、CO2ガスの捨て場に使う、という一石二鳥を目指しているように思われる。

風のない国内

 目を国内に転じると、しかし、政権交代後、新たな環境政策の打ち出しはまだない。国外に比べ無風の凪状態の様子であり、内外の大きなギャップには、正直、びっくりしてしまう。民主党政権末期に、結局、まとめられずに頓挫したエネルギー・環境戦略も、放置されたままである。

 それは、地球温暖化対策が、鳩山政権の誕生以来、政争の対象となってきたことの後遺症ではないだろうか。

 鳩山総理が、(総選挙のマニフェストどおりであるとはいえ)閣内や国民との相談なく、就任早々突然に、2020年25%削減を国際舞台で提唱したとして、このことを、野党(当時)の自民党は、鋭く追及し、強く反発した。その結果、我が国の地球温暖化対策の長期的な方向を定めるはずであった温暖化対策基本法(仮称)の国会審議は全く進まなくなった。当時の野党の自民党も与党時代に、そうした法案を用意していたにも係らず、国会での議論を通じ与野党が一致できる成案を得る見込みが全く立たなくなったのである。

 けれども、民主党政権の前の最後の自公政権であった麻生総理(当時)時代には、麻生総理は、国際舞台で、温室効果ガスの90年実績比で言えば、8%の削減を国内で実施することを宣言しており、さらに、主要排出国が賛同するのであれば、これへの上積みを考えることも表明していた。鳩山元総理は、逆に、世界が一致するのであれば、2020年に90年比25%削減を目標とする用意があると述べたが、これは、麻生元総理が下限を述べたこととは異なって、上限を述べたのであって、国内で必ず果たす削減がいかほどのものであるかについてはそもそも触れていなかった。つまり、それぞれが、下限と上限とを述べたのであって、決して矛盾するものでなく、与野党で議論する余地はあったと言えよう。

 しかし、当時の与党・民主党は、25%の旗の独り歩きをどうコントロールしてよいかに定見がなく、頑なになり、また、野党・自民党にとっても、与党攻撃の材料は有用であったように見受けられる。

 そうして3年余が経って、再度の政権交代が行われた。ではまた、温暖化対策は、政争の種に使われるのであろうか。

それは、是非とも避けなければならない。

 冒頭に紹介したように、米国も中国も、そして欧州も、地球温暖化対策を単に環境政策として進めるのではなく、経済政策としても進め始めているのであって、これに劣後すると、日本は大きな市場を失うおそれが強いからである。

 地球環境の経営には、もはや国内での政局をしている暇などない。国内産業界に対し、地球温暖化対策への政府の強いコミットメントを示し、対策技術の強化や新製品の上市に向けた信頼できるゴーサインを出すべきである。日本が、一流の産業国家であることを放棄するならともかく、そうでないなら、2020年や2030年の国内の温室効果ガス排出量目標などを、諸外国に伍し得る技術促進的なものとして定め、国内市場を整備することが、まずは急務である。ちなみに、お隣の中国は、既に、排出量取引の実験を大々的に開始したし、炭素税も導入する方針を明確にしている。功なり名を遂げた日本の、変革嫌いは、情けないほどである(幸い、日本でも、FIT制度が動きだし、また、この10月からは、平年度3000億円弱の低炭素化イニシアチブとなる温暖化対策税制(石油石炭税に上乗せする炭素比例税)が導入されるが、この点は、国際的にも評価されよう)。

目の前にある旗揚げの機会

 日本は、もう完全に出遅れたのだろうか。図は、2020年以降の国際対策の検討作業と並行して、国際的な交渉の対象となる、2020年までにこなすべき課題を示したものである。

図1

 途上国支援のメニューが目白押しである。座視していては、これでは、日本はただの資金提供国になってしまおう。

 ドーハのCOP18では、報道によれば、日本の外交団の存在感は希薄だったという。それは、はやばやと京都議定書第二約束期間の目標は登録しない、として、交渉相手たり得る価値を自ら減じて、交渉の場から退いたからである。大震災もあって、こうした日本の姿勢は、目立たないで済んだが、このまま、環境対策技術の世界大競争時代のプレーヤーとしての役割も忘れ去られてしまいかねない。

 そこで、結果的には負担が避けられない途上国支援などに関して、これを、日本の顔が見えるものとして構成するなどは、今こそ行うべき絶好の機会であろう。そうでなければ、例えば、太陽光パネルの製造がダブついている中国などの進出に好機を与えることになると理解すべきである。

 日本が、途上国における温暖化対策の強力な支援国であることを示すには、日本が先進国としての義務をきちんと果たしている姿勢を併せて示さないとならない。共通だが差異ある責任の原則を強く意識しているインドを先頭にした途上国は、先進国の義務の肩代わりを途上国にさせようとしているのではないかと心配しているからである。そのためには、前の民主党政権が、京都議定書の第二約束期間にコミットしなかったことを、政権交代を機に改め、新政権は、これにコミットすることが新鮮であり有効である。その数字は大きい必要はない。将来の途上国の義務が、現段階では分からないのだから、日本も、京都議定書第一約束期間以上の責任を負う必要はあるまい。環境派の方々には、怒られそうだが、90年比6%削減という今までとおりの責任で、第二約束期間に入れば、それでよい、と思う。(他方、いくら大震災があったからといって、京都議定書以前に立ち戻ってしまったのでは、地球社会の経営に与る大国の資格はなかろう。)

 このようにして、

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