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核兵器禁止条約は大きな前進だが、これからが重要

被爆国の日本は失墜したリーダーシップの回復を目指せ

鈴木達治郎 長崎大学 核兵器廃絶研究センター(RECNA)副センター長・教授

 2017年7月7日は、核兵器廃絶を願うすべての人々にとって、歓迎すべき歴史的な1日となった。国連で核兵器禁止条約が採択されたのだ。長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)では、この交渉段階から、中村桂子准教授を派遣して、交渉現場からの情報発信も続けてきたが、条約文が採択された翌日、RECNA見解「核兵器禁止条約案採択にあたって」を発表した。ポイントは5点であった。

  1. 歴史的な転換点で、被爆者・被爆地、市民社会と非核保有国の連携が条約に結び付いた。
  2. 核兵器に「悪の烙印(stigmatization)」をおすことが最大の成果であり、核抑止そのものが国際法違反となった。
  3. 今後は核兵器国・核の傘国への大きな圧力となるだろう。
  4. 特に被爆国日本に重い責任。核抑止依存から脱却できるかが課題。
  5. 核廃絶への大きな前進だが、ゴールへの道筋はこれからである。

 この見解に加え、さらにRECNAでは条約採択の意義と課題について、教授陣全員で、それぞれの専門分野から執筆していただき、RECNA Policy Paper「核兵器禁止条約採択の意義と課題」として発刊した。以下は、その報告書の要点をまとめたものである。

「人間の安全保障」へのシフト

 まず何よりも、今回の禁止条約の特徴は、前文がかなり長く、その前文に色濃くでているのが「人道的なアプローチ」による禁止条約、という性格である。核兵器使用に伴う非人道性、被爆者が長年抱えてきた「許容できないほどの苦しみと痛み」、女性の役割の明記、等、長い前文がこの条約の特徴をよく表している。この点を第1章を担当した黒澤満教授が強調している。

折り鶴を掲げて、核兵器禁止条約採択を歓迎する人たち=7月8日、広島市
 これは、この核兵器禁止条約を推進してきたNGOや非核保有国の間でも、大きな意識の変化があったからだ、と第3章を担当した中村桂子准教授が述べている。人道的アプローチのきっかけは1996年の国際司法裁判所の勧告意見であるが、大きな転機は2009年の国際赤十字委員会の総裁演説、その後2010年の核不拡散条約(NPT)再検討会議であった。人道的アプローチは、「単なる核軍備の量的削減の要求にとどまらず、核兵器に対する認識や価値観の変化を求めるもの」であり、「国家中心の安全保障論から、人間中心の安全保障論へと、核兵器の議論を根本から変える試みであった」と指摘している。

核抑止にも「悪の烙印」

 次にこの条約の最も大きな成果は、「核兵器に悪の烙印を押す(stigmatize)」ことにあったといえる。特に、「核兵器の使用の威嚇」も禁止したことにより、核抑止論そのものに「悪の烙印」を押したことになる。

 これは、「『核の傘』に依拠しながら半世紀以上続いてきた米国の同盟政策、ひいてはその世界戦略に真正面から倫理上の戦いを挑み、その正統性と正当性を根源から鋭く問い直す行為と断じていい」と、第5章を担当した太田昌克客員教授が高く評価している。したがって、この条約は「日米核同盟への『アンチテーゼ(対抗的命題)』」を内包しているのが大きな特徴であると太田教授は指摘している。

 また、「核兵器国が参加していない条約では、実効性がない」、といった批判に対しても、この条約の目的は、「長期的な視点に立ち、核兵器の禁止を推進することにより、核兵器に悪の烙印を押すこと、核兵器に汚名を着せること、核兵器を非正当化すること」にあると黒澤満教授が強調している。

「検証」プロセスに課題

 条約に課題として挙げられているのが、「検証」の部分である。もともと、検証を含めた詳細・包括的な「核兵器禁止条約(Nuclear Weapon Convention)」を当初はめざしていたが、途中からは核兵器国が参加しなくても条約として成立しうる「禁止条約(Ban Treaty)」に戦略を転換させた。核軍縮の検証には、核兵器国の参加が不可欠であり、今回は禁止だけを優先させ、検証はその後の締約会議で作り上げていく、という考え方になっている。

核兵器禁止条約が採択され、わき上がる国連本部の議場=7月7日、ニューヨーク
 特に検証機関として、国際原子力機関(IAEA)ではなく、「権威ある国際機関」としか書かれておらず、
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