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ハンナ・アーレントに学び、「核」の未来を考える

人類の破滅を避けるため、「思考停止」からの脱却を

鈴木達治郎 長崎大学 核兵器廃絶研究センター(RECNA)副センター長・教授

 2017年があっという間に暮れていく。今年は「核」(原子力)をめぐり、様々な出来事があった。

 北朝鮮はミサイル実験を繰り返し、9月には「水爆」だとする過去最大規模の核実験を行った。国連では核兵器禁止条約が採択され、条約を提案するなど運動に取り組んできた核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)にノーベル平和賞が贈られた。一方、日本の主導で提案された核兵器廃絶決議案は賛成国数を減らした。

 2018年はどのような年になるだろうか? それを考えているとき、ナチスドイツ高官アイヒマンの裁判の傍聴記を書いたドイツ系ユダヤ人女性の哲学者ハンナ・アーレントの映画を見る機会があった。何が悪をもたらしたのかに対する彼女の洞察は核問題にもきわめて重要な示唆を与えてくれる。「考えることを放棄してはいけない」という彼女の教えを実践してこそ「核」の未来は見えてくると、2018年を目前に思う。

北朝鮮の核と米国の強硬路線:悪夢か平和か

 まず、2017年を振り返ろう。北朝鮮問題は、いまだに解決の糸口がつかめない。それどころか、米トランプ大統領と北朝鮮キム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長という、二人の「予測できない指導者」のもとで、何が起こるかわからない、という危機的状況が続いている。

北朝鮮のミサイル発射実験=朝鮮通信
 最も心配なのは、偶発的な要因がきっかけで起きる予想できない戦争だ。また、北朝鮮が米本土に到達可能なICBMの開発に成功した(あるいは近いうちに成功する)との見方も、トランプ政権の判断の引き金につながる可能性がある。それでも軍事行動をちらつかせる「圧力」(これは武力による「威嚇」であり、国連憲章2条4項で禁じられている)をかけ続けることが果たして望ましいことなのだろうか。

 万が一戦争になった場合のことを冷静に考えてみることが必要だ。米国議会調査局(CRS)の報告書(2017年10月27日)によると、通常兵器でのみの戦争でも最初の数日で数十万人、核兵器を用いた場合は数百万人規模の犠牲者が出ると推測している。米ジョンズ・ホプキンス大学の研究グループ「38ノース」は、北朝鮮が核兵器で東京とソウルを攻撃した場合、最大で死者が210万人に上るとの試算を発表している(朝日新聞、2017年10月6日)。このような数値をみるまでもなく、核戦争はもちろん、通常兵器による戦争も絶対避けなければいけない。そのための外交努力を全力で取り組む必要がある。

 そんな危機感の中で、12月15日、北朝鮮大使が国連安全保障理事会に出席した。その数日前、米ティラーソン国務長官は、「前提条件なしで対話に入ることも可能だ」と述べて、注目を浴びた。

米国のトランプ大統領とティラーソン長官

 しかし、安保理でのティラーソン長官の発言は「望むのは外交解決だ」としつつ、対話の条件として「挑発行為の一定期間停止(モラトリアム)」をあげた。これに対し、北朝鮮大使は「(国連と米国の制裁を受けていたら)対話の場に出るわけにはいかない」と「制裁の解除」を対話の条件としてあげた。このままでは対話は成立しない。

 しかし、中国、ロシア、韓国といった関係国政府はすべて「対話路線」を強調しており、国際社会の要請は極めて明白だ。トランプ政権に追従して「圧力」のみを強調する日本は、果たして平和的解決をどれほど真剣に追及しているのだろうか。今一度、日本は米国に対し、対話の重要性を訴え、そのための外交努力を始めるべきではないか。その選択は「悪夢」か「平和」か、につながる重要な意思決定なのである。

核兵器禁止条約とノーベル平和賞:出発か滅亡か

 2017年の核問題で最大のニュースが核兵器禁止条約の採択(7月)と核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)のノーベル平和賞受賞(10月)であった。

 核兵器禁止条約に対しては、核保有国や核の傘に依存している国が参加しておらず、そういった国々からは、「条約は現実の厳しい安全保障環境を考慮していない、条約が成立しても北朝鮮の核の脅威に対しても役に立たない」、との批判が出ていた。日本政府もそれに同調して、禁止条約には署名しないと明言している。

ノーベル平和賞を授与されたサーロー節子さん(中央)とベアトリス・フィン事務局長(右)
 では、禁止条約がこのまま核兵器国や核の傘国の参加なしに、有名無実に終わったらどうなるのか。
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