メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

研究不正 対策は形骸化する

厳しい防止策を取っていたはずの京都大iPS細胞研究所で、なぜ論文捏造

瀬川茂子 朝日新聞記者(科学医療部)

京都大学で会見した山中伸弥生・iPS細胞研究所長ら

 1月22日、雨の中、大勢の報道関係者が京都大に集まった。カメラのフラッシュを浴びて京都大iPS細胞研究所長の山中伸弥教授らが深く頭を下げた後、同研究所の特定拠点助教の論文に捏造・改ざんがあったとの調査結果が発表された。同研究所では、実験ノートの点検など厳しい研究不正防止策を講じていたが、「形骸化していた」と認め、対策を強化するという。後を絶たない研究不正の事例をみていると、対策の強化が本当に有効なのか、疑問がわいてくる。会見で気になったことを書いてみたい。

見栄えを良くしたかった

 捏造が認定された論文は、ヒトiPS細胞由来の脳血管内皮細胞を作ったというものだ。iPS細胞は、神経細胞などを作って移植する「再生医療」をめざした研究で知られているが、iPS細胞から体の組織の細胞を作って病気の仕組みを研究したり、薬を開発するための道具を作ったりする研究もなされている。今回は後者のタイプの研究だ。iPS細胞から作った血管内皮細胞や神経細胞などを一緒に培養して、脳の中の血管内皮細胞の特徴をもつ細胞を作った。さらにその細胞どうしを密着させた構造を作り、「血管脳関門」の状態を再現したという。

 血管脳関門は、脳の中に入る物質を制限するために体に備わっている仕組みで、アルツハイマー病などの薬が脳に届かない原因にもなる。人工的な血管脳関門ができれば、開発された薬が脳に届くかどうかを調べる道具として役立つ可能性がある。論文は、2017年2月23日米専門誌ステム・セル・リポーツ電子版に発表された。

 論文発表後の7月、研究所内で論文に疑いの声があがり、京都大の規定にのっとって調査委員会が設けられた。当初、助教は疑いを否定していたが、調査が進むと不正を認め、共著者に迷惑をかけたと反省し、論文の撤回手続きの勧告にも同意したという。

  調査委員会は、論文を構成する主要な図6個すべてと、補足の図6個中5個に捏造と改ざんを認めた。たとえば、論文の根幹である、ヒトiPS細胞由来の脳血管内皮細胞ができた証拠として示されたグラフ。脳血管内皮細胞なら働いているはずの遺伝子がちゃんと働いていることを示している。きれいな結果だ。ところが、調査委員会が調べたグラフの元になったデータは、まったく違っていた。グラフの作製途中で数値が変わっていたり、元のデータが見つからなかったり。これでは、そもそも脳血管内皮細胞ができていなかったことになってしまう。

  次に、血管脳関門の状態を再現した証拠として示されたデータ。血管脳関門を通りやすいカフェインや、逆に通りにくいことが知られている物質を複数試すと、予想された通りの結果が得られたというもの。こちらもきれいなグラフだ。しかし、元のデータを照合すると、計算式の間違いや、数値の改ざんもあるとわかった。ミスではなく、改ざんと認定した理由は、ノートに計算法が書いてあったので、計算法を知らなかったとはいえず、論文の主張に有利な数値になっていたからだという。

  論文で主張するストーリーがまずあり、そのストーリーにあうようにデータを改ざんしていたことを示す調査結果だった。なぜこんなことをしたのか。調査に対して、「論文の見栄えをよくしたかった」と説明したというが、「見栄え」がよくなったというレベルではない。

知財担当者によるノートチェック 

 iPS細胞研究所では、研究不正に対して、厳しい対策をとってきていた。会見した湊長博副学長も「非常に理想的な対策がとられていた」と述べた。対策としては、(1)3カ月に1回程度、知財担当者が実験ノートを検認する(2)論文の最終稿に関するデータ提出(3)相談室の設置だという。相談室は、ハラスメントなど何でも相談できる場所で、今回はここに最初の告発があり、疑いがもたれたために、京都大の規定にのっとった調査委員会が設置されたという。

  なぜ知財担当者がノートをチェックしていたかというと、

・・・ログインして読む
(残り:約2064文字/本文:約3721文字)