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よい音楽ホールって何だろう?…音響学の100年

ジャズピアニスト山下洋輔さんら、発展を記念するコンサート

伊藤隆太郎 朝日新聞記者(西部報道センター)

 音楽の愛好家らに「音響がよい」と評価されるコンサートホールがある。ウィーンの楽友協会大ホール、 アムステルダムのコンセルトヘボウ、そしてボストンのシンフォニーホールは「世界3大ホール」とも呼ばれる。

 でも、なぜこの3つなの? そもそも「よいホール」って何だろう? 違いの指標はあるのか? どうすれば建設できる?

 音響学という学問がこれらの疑問に挑み、発展してきた。ジャズピアニスト山下洋輔さん(76)らは5月、そんな音響学の歩みを記念するコンサートを開く(3日午後2時から、東京都文京区のトッパンホール=電話03-5840-2222、入場料4000円)。この機会に、よい音楽ホールとは何かを音響学から考えてみたい。

投票で「好み」の順位は決められても…

音響学の歩みを記念してコンサートを開く山下洋輔さんと堀内久世さん
 音響学者はしばしば、この問題の難しさを「おいしさ」で説明する。コーヒーなら、コロンビア、モカ、キリマンジャロ、グァテマラ……。100人で飲み比べて、投票で「どれが1番おいしいか」を決められるだろうか。

 単純に集計すれば「好み」の順位は決まりそうだ。でもそれが「おいしさ」の順位であるかは疑問だろう。それにもし、1カップだけ「砂糖入り」にしたら、どうなるか。そうしたら砂糖入りコーヒーが圧勝する気もする。どれが好きか、どれが甘いかは順位がついても、「どれがおいしいか」は別問題ではないか。

いまなお最も重要な「残響時間」

 近代の音響学は、「よい音楽ホールとは何か」に答える術を求めて発展してきた。音響の良さを示す指標は何か。その基本理論を築いたのが、米国の物理学者ウォーレス・セイビン(1868―1919)である。ハーバード大学の研究者だったセイビンは、学内にあるフォッグ講堂の改良を任され、ほかの講堂や劇場、ホールとの比較を積み上げていく。

音楽ファンや演奏家に愛されるサントリーホール
 さまざまな計測装置で測定を重ねたセイビンは、「残響時間」の理論に到達した。静かなホールで「ぱん」と手を叩くと、音は周囲の壁や天井をはね返りながら、しばらく「残響」として留まる。この残響時間が長いほど「音の豊かさ」を感じる。演奏家にとっては、快楽にも似た感覚をもたらすといわれる。

 残響時間は、音響学において今なお最重要の指標であり続ける。だが残響があまりに長いと、音と音の区別がつきにくくなって「明瞭さ」が失われる。そこで、この音の豊かさと明瞭さが両立する「最適残響時間」が求められるようになった。

 今日、最適残響時間は、ホールの用途によって異なると考えられ、またホール容積が大きいほど長くなるとされている。各種の資料から、幅広く合意されている最適残響時間を整理すると、次の通りだ。

  ■最適残響時間の例
   キリスト教の教会音楽 1.5〜2.0秒
   一般的な音楽ホール  1.0〜1.5秒
   映画館や劇場など   0.7〜1.2秒
   学校の講堂や会議室  0.5〜1.0秒

さまざまな分析理論や技術が発展

 セイビンの研究後、他のさまざまな指標も発展した。「側方反射音」はその代表格で、横方向から届く適度な響きは音に「立体感」を与えるとされる。また、「両耳間相関度」と呼ばれる左右の聞こえ方の差は、空間的な「広がり」を生みだすという。こうした複数の指標が今日、音楽ホールの設計と評価に用いられている。

伊藤毅・早稲田大学名誉教授(1918—1999)
 さて、こうした音響学の発展に貢献し、日本の音響学の礎を築いた一人が、日本音響学会会長などを務めた早稲田大学名誉教授の故・伊藤毅さん(1918—1999)だ。複数のマイクを立体的に配置する測定法などを開発するなど、ホールの複雑な音楽特性の解明に取り組んだ。
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