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セクシュアル・マイノリティ/LGBT Q&A【基礎知識編】 遠藤まめた

2013年03月06日

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Q1 セクシュアル・マイノリティとはどのような人たちのことを指すのですか?

セクシュアル・マイノリティとは、現在の社会のなかで「これが普通」「こうあるべき」だと思われている「性のあり方」に当てはまらない人たちのことを、まとめて指す総称のことです。

「性のあり方」には、いろいろな側面があります。生物学的にオスであるかメスであるか(=セックス)、という問いにかぎらず、社会的にどのような性役割(=ジェンダー)を持って生きているのか、あるいは誰とどのような恋愛や性愛の関係を持つのか/持たないのか(=セクシュアリティ)、ということなどの「さまざまな要素」が複雑に絡んでいます。

これらの要素は、個人の意思では変えることができない(「好きでやっているんでしょ」とは言えないような)部分を多く含んでいます。「性のあり方」は個人の尊厳に根本的に関わってくる問題として、個々人のあり方に目を向ける姿勢が大切です。

わたしたちの社会には「性のあり方」をめぐる、さまざまな「これが普通」「こうあるべき」といった規範があります。そのなかでも、もっとも強烈なものは、「この社会には男と女しかいない(そして、それは身体の性別で生まれつき定められている)」ということと、「人は誰しも異性を好きになるものだ」というものです。これらの規範からはずれている人たちを、狭義でセクシュアル・マイノリティと呼びます。

「性のあり方」の規範は、客観的な事実だから支持されているというよりは、実際には「だってそういうものでしょ」という多数派の人たちの、「これまでの社会のなかで刷り込まれてきた無意識」によって支持されています。それによって、規範に乗れない人たちは「良くない」「そうあるべきでない」「自然でない」というレッテルを貼り付けられるという憂き目にあっています。

実際には、ある人にとって何が「自然」であるかは、もう少し丁寧に語られる必要があります。半世紀前には、白人と黒人の結婚は「不自然」とされていました。また、自然界では1500種を超える動物において、同性間の性行為が認められています。オスどうしで生涯をともにするペンギンのカップルや、ボノボの性行為の半数以上がメスどうしで行われていることを、人間の同性愛と関連づけて話すのは厳密には正確ではないかもしれません。ですが、「自然はつねに多様性をはらんでいる」というのは、おそらく真理ではないでしょうか。

Q2 どのようなカテゴリーがあるのですか?

よく使われる主なカテゴリーに、LGBTというものがあります。それぞれ、L(レズビアン)、G(ゲイ)、B(バイセクシュアル)、T(トランスジェンダー)の頭文字をとって並べた言葉です。カタカナでちょっと馴染みにくいかもしれませんが、ひとつずつ詳しく見てみましょう。

L:レズビアン(女性を恋愛や性愛の対象とする女性)

G:ゲイ(男性を恋愛や性愛の対象とする男性)

B:バイセクシュアル(男女どちらにも恋愛や性愛の対象が向く人。あるいは、同性か異性かなどという問いそのものを拒否する人)

LGBTと並んでいるアルファベットの最初の3文字は、「恋愛や性愛の対象とする相手の性別」(性的指向)に関するマイノリティを表しています。

わたしたちの社会では「異性愛」(ヘテロセクシュアル)が前提として語られることが多く、またさまざまな社会的な制度も「異性愛」だけを想定して構築されていることが大半です。しかし実際には、同性に魅かれたり、男女どちらにも(あるいは性別にこだわりなく)恋愛をする人々も、この社会で一緒に暮らしています。

すでにみなさんがご存じのように、「異性愛」の人々の恋愛の仕方はさまざまです。年上好きや、ツンデレ屋がいれば、束縛するタイプも、セックスが好きな人もいます。LGBの人たちも(異性愛の人たちがそうであるように!)、恋愛観や好きなタイプ、心地よいつき合い方、セックスに対する考え方は一人ひとり違います。

その意味では「LGB」や「異性愛」というカテゴリーで括ってはみたものの、一人ひとりが個別の性を生きているという視点が、より正確かもしれません。また、Aセクシュアルといって、恋愛や性愛への関心が無かったり、関心が希薄であったりする人々を指す言葉もあります。

T:トランスジェンダー(出生時に応じて割り振られたジェンダーと、自らのアイデンティティが一致しない人の総称。いわゆる身体の性別と心の性別が一致せず違和感を持つこと。あるいは、既存のジェンダーのあり方に疑問を付し、それを越えようとする人。

LGBTという単語の、最後の1文字は「自分の性別をどう捉えているか」に関するマイノリティを表しています。

「身体の性別と心の性別が一致しない」というと、性同一性障害という言葉が思い浮かんだ方もいるかもしれません。性同一性障害は、トランスジェンダーのなかでも、「医療を必要とする人たち」を指した医学的な概念になります。外見上の性別を変えるために、性ホルモンや外科手術などの医学の力を借りることがしばしばあるために、このような疾患名がついていますが、実際にはすべての人が医療を必要としているわけではなく、さらにはトランスジェンダーが疾患であるかどうかについては、国際的な議論も起きています。

Q3 セクシュアル・マイノリティの方はどれくらいいるのですか?

セクシュアル・マイノリティは、人種におけるマイノリティなどと異なり、「見た目では分からない」ことが多いため、アンケート調査によって統計が取られています。

「同性に魅かれたことがあるか?」という質問に対しては、世界中(日本を含む)でさまざまな調査がなされていますが、だいたい人口の3〜5%の人が「ある」と回答をしています。人口の3〜5%というと、20〜30人に1人の割合が「同性に魅かれたことがある」経験をしていることになります。これはつまり、学校のクラスのなかに1〜2人はLGBの当事者がいるくらいの割合です。「左利き」の人が存在する割合と同じ、という表現がなされることもあります。

一方で、「自分のことをトランスジェンダーだと思うか?」という質問に対しては、いろいろな数字が出ています。トランスジェンダーのうち医療機関を受診して性同一性障害の診断を得る人の割合は数千人〜数万人に1人と言われていますが、医療機関を受診する人たちはトランスジェンダーの一部にすぎないため、潜在的には性別への違和感を覚えている人たちはもっとたくさんいることが予想されます。

2012年の国連開発計画のレポートでは、トランスジェンダーの存在する割合は300人に1人と指摘されています(タイ、アメリカで個別に取った「自分のことをトランスジェンダーだと思うか」という調査結果に由来するもの)。日本でも、トランスジェンダーの当事者が、「自分の学校にも、もう1人当事者がいた」という語りをすることは頻繁にあるため、「数百人に1人」くらいが妥当な数字だと思われます。

Q4 とはいえ、いままで当事者に会ったことがないように思いますが。

セクシュアル・マイノリティと聞くと、よく「そんな人には会ったことがない」という反応が返ってくることがあります。実際には、上にのべたように、同性に魅かれる人たちは人口の3〜5%は存在しているので、みなさんが「LGBTの人たちに会ったことがない」ということはまず想定しづらく、正確には「LGBTだとカミングアウトしている人には」会ったことがないというのが実態だろうと思われます。

「同性に魅かれる人は、左利きの人と同じくらいの割合で存在している」という話をしました。「左利きの知り合いが誰もいない」という人は、まずめったにいないだろうと思われますが、それに対して、「LGBTの知り合いが誰もいない」と思っている方が多いのは、LGBTのことは本人が話さないかぎり、外見では分からないことが多いからです。

そして、当事者の側も、まだまだ誤解や偏見のある社会に生きているなかで、自分の生活を守るために、そう簡単には自分の「性のあり方」について周りに話すことができない状況に立たされています。自分の本来のあり方を話さないことで感じるストレスや不都合もあれば、話したことによって不利益があったり、たくさんの説明をしなくてはいけなかったりする現実もあり、ほとんどの当事者は「話せる人にだけ」「リスクの少ない人にだけ」「やむをえないときにだけ」自分のことを話そうと考えるか、あるいは黙っていようと思わされるような日常を生きています。

「セクシュアル・マイノリティの人たちは身近にいない」という考え方は、しばしば「セクシュアル・マイノリティの人たちは、とても変わっている人たちに違いない」という誤解にもつながります。つまり「あいつらは」、過剰に「性的」だとか、「テレビのなかだけの話」「海外の話」「自分たちとは関係ないところで生きている人たち」というようなイメージにもつながってしまいます。

「誰もが日常的に接しているような、どんな場所にもいる人たちの話」だと社会の誤解を改めていくためには、「生活の場で」自分のことを話せる当事者が増えていくことが不可欠です。しかしその一方で、当事者が自分のことを話すためには、社会の認識が変わる必要があります。「ニワトリが先か、卵が先か」という議論に似ている面がありますが、社会の側が「話しやすい環境づくり」を整備していくことが、わたしたち全員にできることなのではないでしょうか。

Q5 LGBTのことを知るきっかけになるような漫画や映画、本はありますか?

いろいろな漫画や映画、本で、セクシュアル・マイノリティは描かれています。そのなかには、「実際にはちょっとズレている」ものも多くありますが、なかなかうまく実態を描いているものも最近はたくさんあります。

漫画では、現在「週刊モーニング」で連載中の、よしながふみ作『きのう何食べた?』(モーニングKC)は40代ゲイカップルの日常をよく描いており、出てくる料理もシンプルながら美味しそうなので、初めての方にも非常におすすめです。また、志村貴子作『放浪息子』(BEAMS COMICS) は、自分の「性のあり方」に揺らぐ思春期の少年少女をとてもうまく描写している名作です。当事者によるコミック・エッセイでは、竹内佐千子作『ハニー&ハニー 女の子どうしのラブ・カップル』(メディアファクトリー)は、女の子どうしのカップルの日常をゆるく描いており、「なるほど」と思いながら楽しめる1冊です。

映画では、TSUTAYAなどで借りられるなかでは、『MILK』と『ハッシュ!』がお勧めです。ガス・ヴァン・サント監督の『MILK』は、1970年代にゲイを公言して米サンフランシスコの公職に選ばれたハーヴェイ・ミルクの生涯を描いた映画で、2009年に主演のショーン・ペンがアカデミー主演男優賞をとったことでも注目されました。社会のなかで抑圧されながらも、人間が人間として生きていくために立ち上がったミルクと仲間たちの力強さと、自らが暗殺されることを予感し、その思いをテープに吹き込みつづけた彼の晩年の姿には、セクシュアル・マイノリティというテーマを超えて、わたしたちの心を揺さぶります。

橋口亮輔監督の『ハッシュ!』は、2001年に公開されてキネマ旬法ベストテン第2位となった日本の映画です。子どもがほしい独身女性と、ゲイのカップルとの日常を細かく描いており、生活のリアリティがじわじわと伝わってくる一本です。

また、昨今では国内各地でセクシュアル・マイノリティを扱った映画祭が数多く開かれています。東京では「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」、関西では「関西クイア映画祭」、その他にも青森や香川、愛媛、福岡などで同様の映画祭が行われており、多くの映画ファンからの支持を得ています。ご興味のある方はぜひチェックしてみてください。

書籍は、多数出版されています。大きな書店で社会学や女性学のコーナーを見てみると、面白そうな本が多数あるかと思います。ここでは、セクシュアル・マイノリティのことをあまり知らない方が最初に出会う本という設定で、2冊をご紹介します。まずは太田出版から出ている『LGBT BOOK』。こちらはNHK教育テレビの「ハートをつなごう」という番組を書籍化したものですが、当事者や家族のエピソードが豊富で、写真も多いことから親しみやすいと思います。リリーフランキーさんや石田衣良さんからも文章が寄せられています。砂川秀樹・RYOJI編著『カミングアウト・レターズ』(太郎次郎社エディタス)は、レズビアンやゲイの子とその親、生徒と教師の往復書簡を集めたもので、家族や身近な人への告白を通じて描かれる葛藤と受容をめぐるやりとりが描かれています。電車のなかで読んでいて、思いがけず涙がこぼれた方も多いとか。

Q6 当事者はどのような問題に直面しているのですか? また、どのような社会的支援が必要なのですか?

セクシュアル・マイノリティは、その年齢や状況によってさまざまな問題に直面します。幼少期や思春期には、学校や家庭のなかで。あるいは成人してからは、職場や同性のパートナーとの生活の保障について。さらには年をとってからは、その年齢ならではの問題が生じてきます。ここでは、わたしが共同代表を務める「いのちリスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」で取り組んでいる子どもたちの課題について、例をあげたいと思います。

幼少期の頃には、「なんとなく周囲との違和感を覚えていた」「自分が何者かわからなかった」「うまく説明できないがモヤモヤした」、あるいは「周りから、お前はみんなと違っていると言われて、自分でも自覚がないのに反応に困った」という体験をしている方が多いです。子どもをとりまく環境、つまり学校や家庭、地域社会においてもなんらかの受け皿が必要であることが予測されますが、もっとも深刻なのは、トランスジェンダーの子どもたちの性別の扱いに関する事柄と、いじめの問題だと思われます。

トランスジェンダーの子どもたちは、男女別の制服の着用、ランドセルの色、男女別のトイレや宿泊行事での扱いなどに、ときに引き裂かれるような苦痛を感じ、生活に支障をきたしたり、自分の存在を否定されたような衝撃を受けたりことがあります。調査によれば、医療機関を受診して性同一性障害と診断を受けた人々のうち、じつに4人に1人が学生時代に不登校を経験しており、その理由として「学生服を着ることが苦痛だった」などと語っていることがわかっています。

幼少期から思春期にかけて、「性のあり方」に揺らぐことは一般的によくあることではありますが、それが一時的なものであれ継続的なものであれ、子どもたちの訴えに対して柔軟な対応のできる周囲の環境づくりは必須だと思われます。文部科学省では、性同一性障害の児童・生徒への対応について、学校に対して適切な対応を呼び掛けていますが、実際には「大半の子どもたちは診断を受けられる環境にない」ため、診断の有無にかぎらず対応を検討する必要があります。

昨今では「ユニバーサル・デザイン」といって、障害の有無や老若男女の違いに関わらず、もともとの社会のシステムを誰でも使いやすいようにあらかじめ設定しておこうという考え方が提唱されることがありますが、学校のなかの「性」の扱いについても同様に、あらかじめ当事者がいることを想定するのが望ましいでしょう。具体的には、外部の専門機関や団体などと連携しながら、現実的な範囲での対応についてふりかえり検討していくことが期待されます。

いじめの問題も深刻です。国内の調査によれば、ゲイやバイセクシュアルの男性の約半数は、子どもの頃にいじめられた経験を持っています。いじめはもともと同性の集団内で起こることが多く、「男らしくない」あるいは「女の集団のなかで浮いている」子どもたちはターゲットにされやすい傾向があります。

本人としては、まだ自分がセクシュアル・マイノリティであるかどうかのはっきりとした認識は持っていなくて、なんとなくモヤモヤとしている段階であっても、周囲から「お前はなんか違っている」「オカマやおとこおんなだろう」と非難されてしまうことも多いことから、これは相当につらい思いをすることになります。

後になって「やっぱり自分は同性が好きかもしれない」「自分の性別は、本当は男/女じゃないかもしれない」と、本人がアイデンティティを確立しはじめたときに、そのときのネガティブな反応をまざまざと思い出すわけですから、「セクシュアル・マイノリティである自分なんて受け入れられない」「本当の自分は、こんなんじゃ生きていけない」などの強い自己否定に陥ることも多いのです。

LGBTの若者は、約6割が自殺を考えた経験を持ち、自殺未遂の経験も15%(ゲイ・バイセクシュアル男性の場合)などと、非常に「生きづらさ」を抱えている割合が高いのですが、その背景にあるのは、このように自己肯定を阻むような周囲の環境だと思われます。

いじめの問題を減らすには、さまざまな角度からのアプローチが重要ですが、セクシュアル・マイノリティに関するいじめについては、とくに周囲の大人の意識を変えることが重要です。いじめを相談する際にも、たとえば身体的な暴力などは「それはひどい」などと周囲から比較的理解がされやすいのですが、言葉の暴力や無視などの行為は周りからは見えづらく、さらに性的な事柄を含むいじめについては、羞恥心や密室でなされることなどから周りに訴えることへのハードルがとても高くなりがちです。

大人の側が「きみも周りに合わせたらいいのに」とか「もう少し男らしくしたら」など、セクシュアル・マイノリティに対する知識や配慮のない発言をすることで、子どもが今後いっさい相談をしなくなり孤立していくケースも多くあります。「ちがい」がいじめにつながらない環境づくりとともに、困ったときでも相談がしやすいような雰囲気づくりを心がける必要があります。

Q7 自分は当事者かもしれません。どこに相談すればよいのでしょう?

 

全国各地で、セクシュアル・マイノリティの当事者が集まれるような団体やグループが多く存在します。自分と似たような仲間と出会うことで「ひとりじゃないんだ」と安心できたり、いろいろな情報を得ることができるので(最初は勇気がいるかもしれませんが)出かけてみてはいかがでしょうか。

また、セクシュアル・マイノリティに関する電話相談をやっている団体も多くあります。

LGBTと周囲の人のための相談機関一覧 (制作:QWRC)

http://www.qwrc.org/soudan/soudan.html

こちらのサイトでは、それぞれのニーズに合わせた相談先の一覧がのっています。「名前を名乗る必要がなく、嫌になったらいつでも切っていい」という電話相談の特徴を活かして、話せることから話してみるのもいいかもしれません。また、各地の団体やグループ、イベントの情報などを尋ねてみるのもよいでしょう。

遠藤まめた(えんどう・まめた)

1987年生まれ、横浜育ち。トランスジェンダー当事者としての自らの体験をもとに10代後半よりLGBT(セクシュアル・マイノリティ)の若者支援をテーマに啓発活動を行っている。全国各地で「多様な性」に関するアクションや展開している「やっぱ愛ダホ!idaho-net」代表。LGBTの自殺対策に取り組む「いのちリスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」共同代表。

サイト:「バラバラに、ともに。遠藤まめたのホームページ」(http://www.endomameta.com

プロフィール

SYNODOS(シノドス)

シノドスとは、現代社会を多角的に検討する「知」の交流スペース。知の生産と流通を大学という特権的な場から解放して、現代人の生活にもっと身近なかたちで展開していきたい。そんな思いから立ち上げました。

セミナーとレクチャーの開催、メールマガジン配信、そして出版活動。アカデミック・ジャーナリズムを旗印に、第一線の論者たちが集うプラットフォームを創造し、専門知に裏打ちされた言論を発信しています。

ウェブサイトはhttp://synodos.jp/

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