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原発の炉心溶融事故で吹き飛ぶエネルギー政策と成長戦略【無料】

木代泰之

木代泰之 経済・科学ジャーナリスト

 福島第一、第ニ原子力発電所の事故が、12日夜時点で炉心溶融という、あってはならない状況へと進んでいる。かつての米スリーマイル島原発やソ連時代のチェルノブイリ原発の炉心溶融事故では、事故をきっかけにして世界の原子力発電所建設が長い停滞期に入った。今回の事故によって、原子力の拡大を根幹に据えてきた日本のエネルギー政策が根底から揺さぶられるだけでなく、「安全・安心」を売り物にしてきた日本の先端技術産業へのイメージや信頼感はかなり失われる。日本が「成長戦略」として期待していた原子力発電所や周辺インフラの輸出にも深刻な影響が及ぶのは必至だろう。

 12日夜現在、事故の現場では危険に身をさらした従業員たちの懸命の作業が続けられており、その被害の程度や来るべき結果について安易な推測は避けねばならない。また現時点では、経済政策面での問題よりも、炉心鎮静化や住民の安全を第一に考えねばならないのは言うまでもないが、あえて論点を提示しておきたい。

 1979年3月に公開されたアメリカ映画「チャイナ・シンドローム」は、公開の約2週間後にスリーマイル島原発事故が起き、事故を予言した映画として有名になった。映画の題名は、溶融した炉心が地球を貫いて反対側の中国にまで達するというジョークから取られている。スリーマイル島事故の後、米国は自然エネルギー重視の方向に転換し、原子力開発を封印。再び力を入れるようになったのは、石油価格が上昇し始めた2000年代に入ってからである。

 この映画の公開された約30年前は、原発推進派と反対派論者の間で現在をはるかに上回る激しい原発論争が起きていた。その後、原発は政府や電力会社、メーカー(東芝、三菱重工業、日立製作所など)の手で段階的に改良が加えられ、大型化してきた。

 今回、炉心溶融が疑われている福島第一原発1号機(1971年運転開始)は東京電力が最初につくった原発で、出力は46万キロワットと小型だが、同じ東電の柏崎刈羽原発6,7号機(1996,7年同)は各135.6万キロワットと3倍になっている。

 この間、設備稼働率は高められ、従業員の作業放射線量も減らす工夫がされた。いくつかの故障や事故を繰り返しながらも、決定的な大事故には至らず、安全性論議も地域中心となり以前ほどではなくなった。メーカーの再編も日米間で行われ、今では日本の強力な最先端輸出商品として、官民一体の後押しを受けるまでに成長した。ベトナムへの輸出契約の獲得はその成果である。

 東電の場合、原子力発電が全発電量に占める割合(電源構成比率)は、他社からの受電も含め1990年代以降おおむね30%前後で推移するまでに増えた。70年代に70%前後を占めていた石油火力はいま40%程度に下がっている。そして東電は2019年には原子力の構成比率を48%にまで高める計画を立てている。そのためには19年までに419万キロワット分を新たに開発するとしている。

 また電力各社は、プルサーマルという使用済み燃料から取り出したプルトニウムをウラン燃料に加えて燃やす技術も導入している。これには日本に乏しいウラン資源を節約する意味がある。石油はいつか枯渇が心配されるし、島国の日本ではヨーロッパのように陸続きの国から天然ガスや電力を融通し合うことは困難であり、そのために原子力依存を高めるのが、一貫した日本のエネルギー政策である。

 プルトニウムは天然にはほとんど存在しない放射性元素であるが、それを扱いこなすには厳重な管理と高度な技術が必要になる。原発では万一、故障や事故が起きても、重大事にならないようにする「最後の砦」が、非常用炉心冷却装置(ECCS)である。

 一次冷却系の主配管が破断して原子炉の水がなくなるなどの事故がおきたとき、ECCSは核燃料を水づけにして冷却するとともに、格納容器スプレー系によって格納容器内に漏れた蒸気を冷却・凝縮させて格納容器の圧力を下げ、気体状になっている放射性物質を減少させる役目を果たす。

 ところが今回はこれが正しく機能しなかったようだ。「これがあるから安全」という最終装置が機能しないのであれば、原発は安全性が否定され、危険な存在と化してしまう。うまく原子炉が冷えて緊急の事故対応が終わった段階で取り組まねばならないのは、各国が注視する中での原因の徹底的な調査分析である。おそらく世界の原子力関係機関も参加して日本のECCS技術が腑わけされ、裁定されることになる。

 政府のエネルギー政策や成長戦略が描く近未来の夢は、当面、挫折せざるを得ない。これからの日本の原子力政策は、開発推進や輸出より、まず安全性確保の研究や改良に力を入れるべきだろう。「安全・安心」は、ほかならぬ政府が昨年6月にまとめた「成長戦略」の土台になる理念なのである。

 電力会社は1970年代の原発導入当初、事故を故障と言いくるめたり、隠したりする「悪癖」があった。「いつも世論にいじめられるばかり」という被害者意識に加え、原子力部門が高度技術ゆえに聖域のように扱われ、経営のコントロールが効きにくいという事情も背景にあった。

 いま炉心溶融の恐怖を味わっている国民からは、すべての原発の運転の即時停止を求める声が出るかもしれない。なぜECCSが動かなかったのか、電力会社もメーカーも事実を正しく表に出し、原点に立ち返って再出発する覚悟を世界に示さなければ、誰も納得しないだろう。

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筆者

木代泰之

木代泰之(きしろ・やすゆき) 経済・科学ジャーナリスト

経済・科学ジャーナリスト。東京大学工学部航空学科卒。NECで技術者として勤務の後、朝日新聞社に入社。主に経済記者として財務省、経済産業省、電力・石油、証券業界などを取材。現在は多様な業種の企業人や研究者らと組織する「イノベーション実践研究会」座長として、技術革新、経営刷新、政策展開について研究提言活動を続けている。著書に「自民党税制調査会」、「500兆円の奢り」(共著)など。

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