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TPPと消費税が引き金を引く日本政治の構造改革

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

 これまで日本が結んできた自由貿易協定では、米や乳製品などの農産物を関税撤廃の例外としてきた。しかし、TPPは例外扱いを認めない。関税を撤廃し価格が低下しても、アメリカやEUのように直接支払いという補助金を交付すれば、農家は影響を受けないが、価格に応じて手数料収入が決まる農協は困る。このため、農協は、TPPに参加すると日本農業は壊滅すると主張した。これを信じて、関税ゼロの花や3パーセントの関税しかかかっていない野菜の生産農家の中にも、TPP反対集会に参加している人たちがいる。

 孤立を恐れた農協は、TPPは農業問題だけではないと主張し、同じくTPPで既得権が脅かされると心配する医師会等を巻き込んで、一大反対運動を展開した。さらには、アメリカよりも8倍もの農薬を使用している事実や国際価格よりも高い農産物価格を払わせている事実には触れないで、TPPで安全な日本の農産物を消費者は食べられなくなると主張し、消費者も取り込もうとしている。これに呼応してTPP反対の書籍を出版する評論家も多数現われた。農協の思惑通りに事は運んだ。

 このような中で、民主党の中にもTPP参加に慎重な意見が出され、調整は難航した。しかし、野田総理は、あいまいさを残しながらも11月APEC首脳会議の際「交渉参加に向け、関係国と協議に入る」と表明した。

 日本のTPP交渉参加表明に、カナダ、メキシコが追随した。貿易・投資の手続きやルールが統一されるTPP地域が、日本の参加で広域化すれば、他の国も参加するメリットが増加する一方で、これから排除されてしまうという不参加のデメリットが増加する。日本が参加するTPPはこれまでのTPPとは別物だと、カナダ、メキシコは判断したのだ。日本の参加表明後、TPPについての中国の発言も無視から注視へとトーンが変化している。

 TPPより震災復興を優先すべきだという主張がある。被害を受けた農家にさらに打撃を与えるべきではないというのである。しかし、被災地の農家が耕作する農地の規模は極めて小さく、主たる生計をわずかな農業所得ではなく製造業などの兼業先に依存しているのが実態だ。

 東日本大震災で、東北の自動車部品工場の製品が遠くアメリカ・ミシガン州の自動車工場で利用されていることが報道された。日本の中小企業は、広いアジア太平洋地域のサプライ・チェーンに組み込まれている。もし、日本がTPPに参加しなければ、被災地も含め日本の中小企業は広い地域から排除されてしまう。TPP不参加は被災地の復興を困難にしてしまうのだ。

 農業についても、米の生産は1994年には1200万トンだった。20年も経たないのに2012年の生産目標数量はとうとう800万トンを切った。高い関税で守ってきた国内の市場は高齢化と人口減少で、さらに縮小していく。この中で日本農業を維持しようとすると、輸出により海外市場を開拓せざるを得ない。

 米について減反を段階的に廃止して価格を下げていけば、コストの高い零細な兼業農家は耕作を中止し、農地を貸し出して地代を得るようになる。そこで、一定規模以上の主業農家に直接支払いという補助金を交付し、地代支払能力を高めれば、農地は主業農家に集まり、規模は拡大しコストは下がる。15ha以上の規模の農家のコストは1㎏当たり100円だ。

 さらに、収量の増加を阻害してきた減反の廃止で、品種改良が進み、カリフォルニア並みの収量に増加すれば、コストは70円へと低下する。今中国やアメリカから輸入している米の価格は150円程度なので、その半分以下である。

 香港でのコシヒカリの卸売価格は、中国産150円、カリフォルニア産240円にくらべ、日本産は380円の評価を得ている。世界に冠たる品質の米が、価格競争力を持つようになると、鬼に金棒だ。そうすれば、TPPなどの貿易自由化交渉で関税が撤廃された海外市場に、日本の優れた農産物を輸出することが可能となる。

 もちろん日本の産業や農業にとって有望な市場は中国である。TPPよりも日中韓の自由貿易協定を優先すべきだという主張がある。しかし、日中の自由貿易協定で、中国の米関税をゼロにしても中国には簡単に輸出できない。日本では㎏当たり500円で買える日本米が、上海では1,300円もする。中国では、国営企業が流通を独占し、800円ものマージンを余計に徴収しているからだ。関税をゼロにしても、このような事実上の関税が残る限り自由に輸出できない。

 実は、アメリカがTPPで狙っているものの一つに、

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