2012年02月15日
インドの人々と話すと、日本を裏側から見るような感覚に陥ることがある。
急成長を遂げる新興国の中でもインドは異質だ。単に安い労働力を先進国の製造業に提供して伸びているわけではなく、ITや医療、化学、重工業、電子機器から航空機まで、高度な技術に裏打ちされた世界クラスの産業をすでに自前で持っている。中でも原子力開発の歴史は日本よりも前の1948年に遡り、アジア最古だ。
福島第一原子力発電所の事故はインドでも波紋を呼んでいる。人口が急増し、米国商務省国勢調査局の試算では2025年にインドは中国を追い抜き世界一になる。エネルギー需要の伸びに応じるために原子力発電所の増設を進めており、原子力庁の見積もりでは2011年末に478“万”キロワットだった発電規模は、2050年までに最大6“億”5000万キロワットまで拡大する。
福島の事故はこの急増計画に反対論を巻き起こしただけなく、逆に推進する根拠をもインドの世論に与えている。
反対論者の代表格は、世界銀行のラメシュ前インド環境相に、原子力規制委員会前委員長のゴパラクリシュナンという顔ぶれである。規制委員会全体も現状の管理・運営力にリスクがあるとし、反対論で一致している。ジャイタプール原子力発電所を巡って起きた反対運動は福島の事故を契機に激化し、死者まで出た。
一方、推進論者の代表格は現在のインド成長の礎を作った第十一代首相アブドゥル・カーラムである。全土から、そして全社会階級から人物識見ともに尊敬を集める稀有な存在のカーラムは、貧しい家の出身からインド初の核実験を成功させた科学者でもある。自然科学のみならず人文、社会科学への造詣も深い。カーラムは有力紙ザ・ヒンドゥーでこう断言した。
「40年も経った古いプラントに歴史的な自然災害が重なった福島第一原子力発電所の事故は、インドの経済成長を止める理由にはならない。福島と違い、インドが持っている技術は次世代の夢の原子力燃料、トリウム原子力発電なのだ」
トリウムはウランの約200倍のエネルギー密度を持ち、原子燃料としては「ウランより暴走しづらく安全」との説もある。この開発でインドは世界で群を抜き、トリウム原発で試験段階にまでこぎつけている唯一の国である。彼らが当初から一貫してトリウム燃料開発に取り組んで来たのは世界最大のトリウム埋蔵量を持つためであり、米国が50年代に研究から撤退し始めたのを機に、先進諸国がウランにシフトした中でも一線を画してきた。
次世代において、インドは世界のエネルギー首都になろうとしている。現在、世界情勢で石油を握る中東の立ち位置をインドは次世代で狙っている。だからこそ核不拡散条約には加盟せずに軍事力を上げ、国際社会での発言力を確保し、軍事・民生用での二重利用を前提とした高度技術の開発戦略をとった。核開発技術の原子力発電への転用と同様、宇宙開発もこの政策下にある。航空機産業やIT産業に高度技術がいち早く展開され、世界で頭角を見せているのもこのためだ。
天然資源依存型の中東経済とは違い、
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