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福島原発「悪魔のシナリオ」回避で菅直人氏の役割を検証・再評価すべきだ

小此木潔 ジャーナリスト、元上智大学教授

 福島第一原発事故に際して菅直人・前首相の過剰なまでの「現場介入」や官邸におけるリーダーシップのありようが問題にされてきた。私も正直なところ、菅氏の思考や行動にはどこか「受け狙い」や細部へのこだわりで全体を見失う傾向があるとの印象を抱き続けてきた。

 しかしながら、もし菅氏が原発事故の処理にあたって、東京電力・清水正孝社長(当時)の「撤退」あるいは「退避」の申し入れに激怒して東電本社に乗り込むなど大きな圧力をかけたことが刺激や力となって東電が現場でのギリギリの努力を継続・強化させた結果、首都圏の人びとを含む「三千万人」が避難するような事態を回避するのに役立ったとしたら、菅氏の役割はもっときちんと検証・再評価されるべきではないだろうか。

 その因果関係を証明する材料を私が持っているわけではないので、あくまで仮定の話ではあるが、その可能性は一定程度はあるだろうと考え、ここではあえて「たとえ時間をかけてでも真相解明への問題関心を多くの人びとと共有したい」と申し上げる次第である。むろん私がこれまでWEBRONZAに書いてきたあらゆる原稿と同様、真相を知りたいと考えるひとりの記者としての立場・見解表明である。

 私がこのような「菅直人再評価」への関心を持つに至った最初のきっかけは、朝日新聞の連載「プロメテウスの罠」で書かれた「官邸の5日間」シリーズだった。学研から単行本になったので、みなさんもお読みいただければ、と思う。

 なかでも一番、気になったのは3月14日深夜に東電・清水社長が、海江田経産相にかけた電話だ。海江田氏の記憶する清水社長の言葉として書かれているのは「(福島)第1原発の作業員を第2原発に退避させたい。なんとかなりませんか」というものである。2号機の燃料棒が全部露出して圧力容器が「空だき」状態になったあとのことだ。このあと当時の枝野官房長官が福島第1原発の吉田所長に「まだやれますね」と電話で言うと「やります。頑張ります」と吉田氏が答えたので、枝野氏は電話を切ったあとつぶやく。「本店のほうは何を撤退だなんて言ってんだ。現場と意思疎通ができていないじゃないか」

 そして15日午前3時、官邸で枝野官房長官、海江田経産相、細野補佐官、寺田補佐官らが菅首相にこう言った。「東京電力が原発事故現場から撤退したいと言っています」

 首相は「撤退したらどうなるか分かってんのか。そんなのあり得ないだろ」と言う。そして首相は清水社長を15日午前4時17分、官邸に呼び、告げた。「撤退などありえませんから」

 さらに菅首相は東電本店に乗り込み(午前5時35分)、「皆さんは当事者です。命をかけてください」「撤退はありえない。撤退したら、東電は必ずつぶれる」と訓示したのであった。東電は現在では「作業に直接関係のない一部の社員を一時的に退避させることがいずれ必要となるため検討したい」と清水社長が言おうとしただけで、撤退は官邸側の誤解だとしている。

 東電はリリースでも、「全面撤退の検討」を全面的に否定している。「東京電力が全面撤退を申し出たことはありません」と題したリリースは、以下のように書いている。

 「東京電力が福島第一原子力発電所から全員を退避させようとしていたのではないかと、メディアで広く報道されていますが、そのような事実はありません。昨年3月15日6時30分頃、社長が『最低限の人員を除き、退避すること』と指示を出し、発電所長が『必要な人員は班長が指名すること』を指示し、作業に直接関わりのない協力企業作業員及び当社社員(約650名)が一時的に安全な場所へ移動を開始し、復旧作業は残った人員(約70名)で継続することとしたものです。東京電力が官邸に申し上げた主旨は『プラントが厳しい状況であるため、作業に直接関係のない社員を一時的に退避させることについて、いずれ必要となるため検討したい』というものです。3月15日4時30分頃に社長の清水が官邸に呼ばれ、菅総理から撤退するつもりかと問われましたが、清水は撤退を考えていない旨回答しており、菅総理もその主旨で4月18日、4月25日、5月2日の参議院予算委員会で答弁されています。清水も4月13日の記者会見において『全面撤退を考えていたということは事実ではない』と申し上げています」

 しかし、清水社長の言葉を聞いた官邸の5人が、清水氏はそうは言わなかったと、朝日新聞の取材に答えている。どちらかがウソを言っているのか。それとも、

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