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CSRを巡る「四つの誤解」と「三つの効用」(上)

森 摂(オルタナ編集長)

 CSR(企業の社会的責任)。10年ほど前から日本のビジネス界でも語られ始めた言葉だが、日本企業は業種や規模を問わず、なかなか取り組みが進まなかった。しかし、昨年の東日本大震災を機に、企業のCSR活動が大きく脚光を浴びるとともに、「共感」をベースにした新しいブランド価値醸成の流れが鮮明になってきた。この1~2年、経営者の意識も大きく変わってきた。CSRはその企業価値を高めるという意味において、「21世紀最強の企業戦略」になる可能性を秘めている。

 記者・編集者の仕事を長くやっていると、企業経営者と話をすることが多い。仕事柄、環境やCSRが話題になることが多いが、特にCSRについては、最近は減ってきたものの、依然として次のような誤解をしている経営者がなお多い。

(1)当社はたくさん雇用と納税をしているので、特別なCSRは不要だ

(2)当社は本業そのものがCSRなので、特にCSRは不要だ 

(3)当社は本業に余裕がないので、CSRには予算は割けない 

(4)CSRは大企業に求められるものであって、当社は中堅企業なので不要

 これら「CSR否定論者」の方たちにどう答えれば良いか、だいたい分かってきた。それは後段で触れるとして、まず、CSRとは何か、なぜ世界的にCSRが重要だと言われるようになってきたのかをご説明しよう。

CSRは分かりにくいという認識

 日本のCSR元年は2003年とされる。この時は、企業への投資尺度の一つとして、社会貢献度を加味するというSRI(企業社会責任投資)の考え方が欧州から日本にもたらされた。

 それに対応するために、NECやソニー、損保ジャパンなどの先進的な企業がCSR対応の専門部署を相次ぎ設置し、多くの企業がそれに続いた。

 それまで一部の企業で「環境報告書」と称した、環境活動や環境対応の報告書を発行していたが、それらが2003年ごろから「CSR報告書」の名前に次第に変わっていった。

 内容的にも、企業の環境活動だけではなく、CSR活動や社会との取り組みがクローズアップされるようになってきた。

 そもそもCSRとは何か。この極めて単純な命題の答えが、実は日本ではまだ統一されていない。実は企業それぞれにとって、事業領域や社会との関わり方が違うので、答えは一つではない。

 そんな事情もあって、CSRは分かりにくいという認識が、企業経営者の間で広まったことは否めない。

松下幸之助も岩崎小彌太も言及した

松下電器産業(現パナソニック)本社の社史室を視察する創業者の松下幸之助氏(右端)=1981年7月、大阪府門真市、パナソニック提供

 日本で最も有名な経営者の一人、松下幸之助・松下電器(現パナソニック)創業者は、CSRを次のように説明している。

 「企業は社会の公器である。したがって、企業は社会とともに発展していくのでなければならない。企業自体として、絶えずその業容を伸展させていくことが大切なのはいうまでもないが、それは、ひとりその企業だけが栄えるというのでなく、その活動によって、社会もまた栄えていくということでなくてはならない。また実際に、自分の会社だけが栄えるということは、一時的にはありえても、そういうものは長続きはしない」(『企業の社会的責任』1971年)

 松下幸之助は、2003年のCSRブームに先立つ30年も前に、企業の社会的責任について言及していた。しかし先人の前にはさらなる先人がいる。三菱財閥の四代目、岩崎小彌太だ。

 1934(昭和9)年、小彌太の訓示を要約した「三菱三綱領」は「所期奉公」「処事光明」「立業貿易」から成る。

 「所期奉公」は、事業を通じ物心共に豊かな社会の実現に努力することと同時に、かけがえのない地球環境の維持にも貢献すること。「処事光明」は公明正大で品格ある行動を旨とし、活動の公開性、透明性を堅持すること。「立業貿易」全世界的、宇宙的視野に立脚した事業展開を図ることをそれぞれ意味する。

 このうち、「所期奉公」の英語訳が、なんとCorporate Responsibility to Society、つまりCSRそのものなのだ。今から80年近く前、岩崎小彌太はCSRの重要性を指摘していたのだ。

古い概念が新しい「衣」を着て登場

 松下幸之助が「自分の会社だけが栄えるということは、一時的にはありえても、そういうものは長続きはしない」と指摘したように、顧客、社員、株主、地域などのステイクホルダーを大事にするような「利他的経営」こそが社業の永続的な繁栄への最も近道である。

 「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」――近江商人の「三方良し」や、本田宗一郎・本田技研工業創業者の遺訓「造つて喜び、売つて喜び、買つて喜ぶ」の「三つの喜び」も同じ文脈で、たびたびビジネス書に取り上げられている。

チャンピオンのネルソン・ピケ(左端)と入賞した中嶋悟(左から3人目)を祝福する本田宗一郎(同2人目)ら=1987年11月1日、三重県鈴鹿市の鈴鹿サーキット、浅川周三撮影

 インドでは、大企業が貧困層の支援をすることが当然とされる。インドの大企業は、年間の社会貢献費用が純利益に占める割合をコミット(公表して約束)することが通例になっている。例えば、低価格車「ナノ」で有名なタタ・グループは、純利益の4~6%を社会に還元している。

 つまり、CSRとは経済社会において古今東西を問わない概念であり、それがCSRという新しい「衣」を着て、現代社会に現れたと考えてよい。

 「CSR」と「社会貢献」の違いは何か、との質問もよく受ける。古くからの社会貢献は、神社への奉納や冥加(みょうが)金に代表されるように、その年の事業で得た利益の一部を社会に還元する行為と定義される。

 一方、現代のCSRは、

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