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TPPで置いてけぼりを食う日本

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

 カナダ、メキシコがTPP交渉への参加を認められた。昨年11月に日本がTPPに参加表明したとたん、カナダ、メキシコもあわてて参加表明した。それまで両国は北米自由貿易協定(NAFTA)によってアメリカ市場にアクセスできるので、TPPには関心を持たなかった。しかし、経済大国日本が参加するTPPとなると話は違う。日本に続いて多くの国がTPPに参加しようとするだろう。そうなると、カナダ、メキシコ両国は、広大なアジア太平洋地域から排除されてしまう。そうした危機感が、唐突な参加表明となった。

 以来、国内の反対により、日本が参加するかどうか旗幟を鮮明にしなかったのに対して、カナダ、メキシコは参加するのだと、首相、大統領がはっきりと表明し、首脳自ら積極的に早期参加を働きかけた。

 アメリカの連邦議会の下院議員の中には、それぞれ30名近くの議員がカナダ、メキシコが早く参加できるよう、政府に要請した。しかし、日本については、そのような動きはない。カナダ、メキシコの参加が認められたのは当然だろう。ほかにも、タイ、フィリピン、ラオスやコスタリカまで、関心を示している。

 カナダは酪農品、鶏肉について問題を抱えている。これらはフランス語圏であるケベック州で生産されているため、処理を誤れば、カナダの憲法上の問題まで発展しかねない。日本の米問題の比ではないかもしれない。にもかかわらず、カナダの首相はこれも交渉のテーブルに載せることを否定しなかった。

 日本についてTPPとの関係で問題となるのは、農業問題のほかは、競争というジャンルの中で、国営企業である簡保が競争をゆがめているとして問題にされるくらいだ。現状のままでは農業は影響を受ける。しかし、果物、花や、米より生産額の多い野菜などは関税がゼロまたは低いので、影響はない。関税を撤廃されて影響を受けるかもしれないのは、米や酪農、麦、砂糖などの一部畑作物である。特に、兼業農家が多いために、生産額では2割のシェアしか持たないのに、農家戸数では7割を超える米農家の反対が強い。つまり、TPPは農業問題全般ではなく、米問題なのである。さらには米を存立基盤とするJAという農協の問題なのである。

 米の減反を廃止すれば、米価は下がり価格競争力は向上し、関税ゼロでもやっていける。米を含め影響が生じた場合には、アメリカやEUが行っているような直接支払いを行えば、関税撤廃の影響を排除できる。農業、農家に影響はない。米専業農家の中にはTPPで輸出国の関税がなくなれば輸出が容易になるという意見もある。共同通信の世論調査によれば、農林漁業者の中でTPPに反対しているのはわずか45%、賛成は17%もいる。高い関税で国内市場を守っても、それは高齢化・人口減少で、どんどん縮小していく。日本農業を維持振興していくためには、海外の輸出先市場の関税撤廃などを求め、TPPなどの貿易自由化交渉に積極的に参加していく必要がある。

 しかし、農産物価格に応じて販売手数料が決定される農協は、関税撤廃、価格低下の影響を受ける。農業の国際競争力を高めるためには、専業農家に農地を集めて規模を拡大するという構造改革が必要である。しかし、これを行えば、零細な兼業農家は退出し、農協は政治力を失う。このため、農協は農業の構造改革には一貫して反対してきた。正しい問題設定は、「TPPと農業」ではなく、「TPPと農協」なのだ。

 戦略的にも、農協は既得権が脅かされると心配する医師会をうまく抱き込んだ。医師会は公的医療保険制度が改変されると主張した。農産物関税が撤廃されると、「食卓には外国産の食材があふれ、わたしたちの命を育んできた安全・安心な国産の食べ物を口にすることができなくなる」と主張して、生協などの消費者団体も味方につけた。

 特異な意見を主張する経済評論家も味方についた。単にJA農協が反対するだけでは、TPP反対運動はこれほど盛り上がらなかったに違いない。評論家の主張は、反米、反資本主義、反グローバル化という、国民の一部に流れる感情にうまくマッチした。また、彼らの主張は、

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