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巨大銀行を分割せよ!!

吉松崇 経済金融アナリスト

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 30年ほど前、銀行家が集まったセミナーに招かれた、ファイナンス理論の泰斗、故マートン・ミラー・シカゴ大学教授(1990年にノーベル経済学賞を受賞)に、或る銀行家が不満をぶつけた:「うちの銀行の株価はブック・バリュー(book value: ここでは「一株当り純資産」の意味)の50%に過ぎない。これでは、コストが高過ぎて増資ができない。どうすればいいんだ?」 ミラー教授が答えた:「貴方の銀行の株価が、ブック・バリューの50%だということは、投資家は、貴方に1ドル預けると、50セントになって返って来ると、心配しているのです。」

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 J.P. モルガン・チェース銀行の巨額損失、LIBORを巡る不正操作、HSBC(香港上海銀行)のマネー・ロンダリング防止体制の不備、と、このところ、世界の巨大銀行を舞台とする不祥事が続いている。これだけ不祥事が続くと、こうしたメガバンク(巨大銀行)がちゃんと経営されているのかと心配になる。

 

 もちろん、本当に心配しているのは私ではなく、銀行株への投資家である。巨大銀行の株価は大きく下落しており、アメリカを例にとると、バンク・オブ・アメリカはブック・バリューの50%、シティーバンクは同じく60%となっている。これは、ミラー教授のかつての言葉通り、銀行株への投資家が、こうした銀行の経営に懸念を抱いている証拠である。

 

「大き過ぎて潰せない」のか、「生かしておくには大き過ぎる」のか?

 

 2008年の金融危機に際して、アメリカでもイギリスでも、これらの巨大銀行は、金融システムの崩壊を恐れる政府から、直接・間接に巨額のサポートを受けた。例えば、アメリカでは、政府がTARPと呼ばれる不良債権買い取りプログラムを発動し、優先株で資本を注入し、中央銀行(FRB:連邦準備銀行)が不足する資金を供給した。要するに、殆ど全ての巨大銀行は政府によって救済されたのだ。金融危機以前から、巨大銀行に対し、「大き過ぎて潰せない(“Too big to fail”)ことが、モラル・ハザードの温床になっている」という厳しい批判があったのだが、この金融危機が、「“Too big to fail”は神話ではなく、現実である」ことを、白日のもとに晒した、と言えよう。

 

 このようにして救済された巨大銀行の経営に、問題が噴出している。これらの銀行の経営に対して激しい批判が起るとともに、現在の銀行規制や銀行制度がこのままで良いのか、との疑念が湧くのも当然である。

 

 アメリカで、巨大銀行の経営に対し、金融危機以来、最も厳しい批判の論陣を張っているのが、IMFの元チーフ・エコノミストで、現在MIT(マサチューセッツ工科大学)ビジネス・スクールのサイモン・ジョンソン教授である。詳しくはジョンソン教授とジェームズ・クワック氏の共著、“13 Bankers”(邦訳『国家対巨大銀行』ダイヤモンド社、2011年)をご覧頂きたいが、その要旨は、

(1)2008年の銀行救済で、経営責任が不問に付されたために、モラル・ハザードの温床になっている。

(2)銀行は、出来る限りレバレッジ(負債比率)を高めて、大きなリスクをとるインセンティブがある。つまり、「成功すれば、自分達のボーナス、失敗すれば、ツケは納税者」ということで、これを放置すると、将来、より大きな納税者の負担となって返ってくる。

(3)金融危機のプロセスで生き残った6大メガバンク(JPモルガン・チェース、シティーバンク、バンク・オブ・アメリカ、ウェルズ・ファーゴ、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレー)は、アメリカ経済の規模に比して、あまりにも大き過ぎる。これらの銀行は分割して、リスクの高い業務を禁止すべきである。

 

 このところの巨大銀行の不祥事は、

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