メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

3賢人の知恵によるユーロ危機解決のための政策オプション

武田洋子 三菱総合研究所チーフエコノミスト

 欧州中央銀行(ECB)総裁は8月2日、スペインやイタリア国債の購入に向け準備していることを明らかにした。しかし、欧州安定基金(EFSF)による国債購入を前提とするなど厳しい条件を示しており、実行へのハードルは高い。また、仮に実行できたとしても“時間を稼ぐ”対策にすぎない。

 ユーロを崩壊の淵から救いだすには何ができるのか、世界中の市場関係者、政策担当者、学者、エコノミストらが真剣に議論している。その一つとして債務共有化が挙げられているが、これについては、現在、少なくとも3つの政策オプションが提案されている。

 オプションAは、既によく知られている「ユーロ共同債」の導入だ。全面的な共同債の導入は、欧州の財政統合と不可分なため、これはEU協定の改正を経て、欧州が一つの連邦国家として生まれ変わることを意味している。実現すれば歴史的な一大イベントだ。

 「歴史的」と言えば、共同債には歴史上の有名な実例がある。1789年にアレクサンダー・ハミルトンは、米国の初代財務長官に就任した。同時に、それまでバラバラだった13州の負債を連邦政府が一手に引き受け、その裏側として米国財務省証券を発行することを提唱した。当時の米国各州は独立戦争により膨らんだ負債の返済に困難をきたしており、そうした困難こそが現在の米国財務省証券(米国債)が誕生した背景となっている。

 18世紀末の北米州と現在の欧州の状況の類似点を指摘する専門家は少なくない。確かに米国のケースは成功例だが、ハミルトンは、当時、大変な反対論を押し切って「共同債」の導入に漕ぎ着けた。最終的な決断の直前まで、ジョージ・ワシントン大統領すら反対していたと言われている。今日のユーロの場合も、各国における憲法改正が不可避となるため、容易に実現できると考えている論者は多くない。

 オプションBは、「欧州債務償還基金(European Redemption Fund)」の設立だ。この案は、ドイツ政府の経済諮問委員会(5賢人委員会)が提唱したものだが、中身をみると思想的に初代ドイツ帝国宰相で「鉄血宰相」として知られるビスマルクによる「アメとムチ」の発想が色濃く現れている。欧州償還基金の概要は、次の通りだ。

 まず、欧州償還基金に参加する各国は、自国の国内総生産(GDP)対比60%を超える政府債務を同基金に移管して、共同の返済義務を負う。すなわち、限定的ではあるが「負債の相互化(debt mutualization)」を許容するという意味で、共同債と同じ効能が期待される。この共同返済義務の導入は、政府債務が60%を超える国にとって、いわば「アメ」の部分となる。

 一方、同提言には、厳しい「ムチ」が付随している。詳細は流動的な部分もあるが、現行の提案では、そもそも、この基金に参加出来る国は、「危機状態に陥ってない国のみ」という付帯条件がつく。この一条をもって、ドイツ人は易々と他国を救済する意図はないことが分かる。かつ、同基金は有限期間(25年)で消滅する時限措置であり、参加各国は一定期間内に自国の国債発行残高をGDPの60%以内に収める義務を負い、義務を達成できない国は基金への参加資格を失う。この「ムチ」部分の条件がそのまま適用された場合、おそらく現在進行中の危機を打開する策とはならない可能性が高い。

 また、このオプションBでさえ政治的には実現困難とみられる。去る6月、ドイツ連邦銀行は、同提案に対して「財政同盟に向け欧州通貨同盟(EMU)の枠組みについて包括的改正が行われた場合のみ正当性が示される」とし、現状では憲法違反の可能性が高いとの認識を示した。ドイツ国内では、いかに優等生同士であっても、容易には共同返済・財政統合には応じられないとの拒否反応が依然根強い。

 オプションCは、

・・・ログインして読む
(残り:約1342文字/本文:約2912文字)