メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

年金の「安全神話」は勘弁してほしい

松浦新 朝日新聞経済部記者

 こういう問題のすり替えをするのだなあ――。最近、ある内閣府のリポートをみつけて、昨年来の疑問が解けた。それは、デフレと年金財政の関連を論じたものだが、こんな発想でデフレ時の年金減額上乗せの議論が行われていたのかと驚いた。白を黒と言うことが「安全神話」であれば、年金にも原発問題に通じるものがある。

 〈年金の話を簡単に説明するのは難しい。本題に入る前に、いまの年金財政に危機説が流れる理由から始めたい(年金の知識がある方は飛ばして後半の「★印」の部分へ進んでください)〉。

 それは、2004年の制度改革で作られた財政改善の仕組みが働いていないためだ。この仕組みも後述するが、財政改善策が一度も機能しないまま8年も経過したのだから、年金財政は悪くなっているに決まっている。これに異論がある人はいないだろう。経営悪化した企業が「こうやって収支を改善しますから見守ってください」と発表して、8年間、一度も実行されなければ、関係者に見放されて倒産する。

 年金財政が「破綻」と認定されないのは、大きく減ったとはいえ厚生年金に100兆円の積立金があり、選挙のことを考える政治家が問題を先送りできるためだ。年金で野党に転落したともいえる自民党も厳しい追求ができない。

 言うまでもないが、「破綻」とは積立金がなくなって払えなくなることではない。それは中小企業レベルの話だ。広く社会に影響がある経営体の場合、将来を見越して継続できない可能性が高まれば、たとえば会社更生法などの申請が行われ、関係者が痛みを分かち合って再生の道を探る。銀行や保険会社にも早期是正措置がある。関係者の被害をできるだけ小さくとどめるためだ。

 日本の年金制度の場合も、過去に何度も再建策がほどこされてきた。何度も破綻を繰り返しているフダ付き企業のようなものだ。それでもなくならないのは、国民生活にとって不可欠な独占事業体だからだ。あえて企業の例をあげれば、原発事故を起こしても、他に代わる会社がないために、無理な値上げを通して生き延びさせる東京電力が近いだろう。

 話が脱線したが、これは、年金財政に対する危機感があまりにも希薄だと感じているためなので、お許しいただきたい。

 年金財政改善策に戻ろう。これは、簡単に言うと、現役世代の賃金が上がっても、物価が上がっても、年金額の引き上げを抑える仕組みだ。年金受給者の生活を置いてきぼりにする仕組みと考えればよい。

 高度経済成長時代の日本を考えればわかる。賃金が増えて、物価も上がっていくと、年金額が固定された受給者の生活はみじめになっていく。金額が同じでは、お金の価値が下がるので、実際に買えるモノやサービスが減る。逆に、賃金が上がる現役世代からすると、高齢者の面倒をみる負担は相対的に下がる。

 年金受給者を守るために導入されたのが「物価スライド」であり「賃金スライド」だ。物価が上がった分だけは年金額も上げてあげようというのが「物価スライド」。「賃金スライド」は、現役世代の賃金上昇を年金額に反映させていくものだ。

 賃金スライドによって、年金生活者は引退した時の生活の維持だけでなく、現役世代の生活の向上にもついていけるようになった。一方、現役世代にしてみれば、賃金が上がっても年金給付のための負担は減らないことになった。スライド制度がある中で人口の高齢化が進み、年金の財政難が顕在化した。

 基礎年金による国民年金の救済、年金支給開始年齢の引き上げなどの対策が打たれるが、「スライド」にも手をつけたのが2000年の改革だった。年金の受給を始めた後は賃金スライドが適用されず、物価スライドだけが行われるようになったのだ。要するに、退職した時の生活はそれなりに保証するけれど、それ以上は自分の努力でお願いします、というものだ。

 そして、物価スライドにも手をつけたのが04年改革の「マクロ経済スライド」だった。賃金や物価が上がっても、年金額にはすべてを反映させない。これによって、受給開始時の年金額を抑え込み、受給が始まった後は、年金の価値を落としていくはずだった。

 もし、厚生労働省の思惑通りにマクロ経済スライドが機能していたら、いまごろ高齢者の生活はみじめになっていたことだろう。

 それを単純に計算して見せるとこうなる。04年改革の当時、厚労省は賃金が毎年2.1%、物価は1.0%づつ上がると想定していた。マクロ経済スライドは0.9ポイントを差し引いて適用されるので、年金額は0.1%分だけ上がる。現役世代と年金受給者との間には毎年2%分の開きができていく。ということは5年で実質1割の年金削減が行われると見ることができる。

 たとえていえば、現役世代は薄型のハイビジョンテレビを見ているのに、年金受給者はブラウン管テレビを見続けているようなものだ。もちろん、同じテレビ番組は見られる。現役を引退した時の生活を維持しているだけ幸せだというのが、マクロ経済スライドなのだ。

 しかし、現実には賃金も物価も下がってきた。物価が下がった分は年金も下がる。年金額が下がっても同じものが買えるし、高齢者の生活には貯蓄もある。物価が下がると貯蓄の価値は相対的に上がる。この間に年金受給者の生活は相対的によくなっていることもあるのだ。一方、現役世代の賃金は、物価下落以上に下がってきた。要するに、現役世代の生活は厳しくなっているのに、年金受給者は比較的楽になっているということだ。

 ここで、ようやく本題に入ろう。冒頭にあげた内閣府のリポートは「年金の受益と負担に対するデフレの影響」というものだ。

 このリポートは、「現行のマクロ経済スライド制度はデフレ時には発効しないので、デフレが生じると受給水準が抑制されず、世代間の受益と負担の格差は拡大する」と指摘して、デフレ下でもマクロ経済スライド調整をすることを提言している。

 まさに、昨年の「税と社会保障の一体改革」の際に議論になり、一度は実施が盛り込まれた施策だ。そして、筆者はこの議論に強い違和感を持ったのだが、それはマクロ経済スライドが機能しない理由をデフレだけに求めていることだった。

 マクロ経済スライドは、 ・・・ログインして読む
(残り:約1614文字/本文:約4138文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

松浦新

松浦新(まつうら・しん) 朝日新聞経済部記者

1962年生まれ。NHK記者から89年に朝日新聞社に転じる。経済部、くらし編集部(現・文化くらしセンター)、週刊朝日編集部、特別報道部などを経て、現在は東京本社報道局経済部に所属。年金、医療をはじめとした社会保障制度に関心を持つ。金融商品や土地・住宅問題など、くらしと経済に関わる問題に関心がある。

松浦新の記事

もっと見る