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続・TPP交渉は今どうなっているのか?~「おばけ」は消えた~

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

 TPPによって、公的医療保険制度が改変させられる(混合診療が認められる)とか、単純労働者の受入れや労働基準の引き下げをせまられるとか、という主張が強く行われた。これに対して、民主党の前原誠司政調会長(当時)は昨年10月、「慎重論の中には事実に基づいた不安感と同時に、事実ではない事への恐怖感がある。これを私は『TPPおばけ』と言っている」と述べて、物議をかもした。しかし、この指摘は本質を突いている。「事実に基づいた不安感」におののいているのは、農協等の農業界であり、「事実ではない事への恐怖感」を抱いているのは、日本医師会などだろう。

 『TPPおばけ』は反対派によって巧妙に利用された。医療制度などによって守られている既得権益グループは、既得権が侵害されることに恐怖を感じるからである。民主党内でTPPのとりまとめに当たった、大野元裕参議院議員によれば、次のような議論が、反対派の議員と政府の間で交わされたという。

 「(反対派が主張したものの一つに)『情報がない』という議論があります。私もかつては外務省にいましたので、ガット・東京ラウンド、あるいはウルグァイ・ラウンドに比べても、百倍くらい今は情報があると思います。しかし例えば『この市場を開いた場合、ここに労働力が入ってこないのか』というと、役所の人は『これまで日本が各国と結んだ二国間のさまざまな貿易協定に従えば、そういったことを要求されたことはありません』とか、『今のTPP参加国との間で締結されたものの中では、そういった懸念はありません』という説明をします。しかし『それは小さな国、例えばシンガポールとの話であって、絶対入ってこないのか』というと、役所は『そういう可能性はないとは言えない』というコメントをします。『ないとは言えない』となると、日本の交渉力から考えれば『やられるんじゃないか』と、『アメリカ悪者論』に戻ってしまう。」

 これまで二国間協議で無理難題を要求されたアメリカに何が突きつけられるかわからないという不安に、反対派はうまく付け込んだのである。

 しかし、これまで二国間協議でアメリカから一方的に要求されてきたことが、TPPでも要求されたわけではない。それは、二国間協議と違って、TPPは協定という法的なものだからだ。

 公的医療保険制度の見直しをアメリカは二国間協議で要求したかもしれないが、公的医療保険のような政府によるサービスは、WTOサービス交渉の定義から外れており、自由貿易協定交渉でも対象になったことはない。自由貿易協定の一種であるTPPの法的な枠組みに載ってこないものは、いくら二国間協議で要求されたとしても、

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