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緊縮財政の時代は終焉を迎えるのか?ラインハート=ロゴフ論文事件の教訓(上)

若田部昌澄 早稲田大学政治経済学術院教授(経済学史)

世界の経済論壇で大注目

 カーメン・ラインハートとケネス・ロゴフ(ともにハーヴァード大学)といえば、This Time is Different (Princeton University Press, 2009)で著名である。この本は日本でも『国家は破綻する』として邦訳され、これまた話題になった(日経BP社、2011年)。その二人が2010年に執筆した論文”Growth in a Time of Debt”(American Economic Review: Papers and Proceedings, Vol.100, pp.573-578)が、今世界の経済論壇で大きな話題になっている。

 論文そのものの内容はすでによく知られている。彼らは、1946年から2009年までのデータを用いて、債務残高の対GDP(国内総生産)比率が90%を超えると、経済成長率が大きく低下するという関係がみられることを示した。先進20か国の場合、債務残高比率が60から90%未満は実質GDPの平均成長率が2.8%なのに対し、90%を超えると0.1%のマイナス成長になることが示されている。

4年前の論文が今頃話題になったのは、4月15日、この論文にトーマス・ハーンドン、マイケル・アッシュ、ロバート・ポーリン(マサチューセッツ大学アマースト校)らが、異議を申し立てる論文をウェッブ上にアップしたからだ(“Does High Public Debt Consistently Stifle Economic Growth? A Critique of Reinhart and Rogoff,” Mimeo. http://www.peri.umass.edu/fileadmin/pdf/working_papers/working_papers_301-350/WP322.pdf)。

大学院生が誤りを発見

 ラインハート=ロゴフ論文は、エクセルのコードを間違えるなど、初歩的なミスをおかしており、そうしたミスを補正すると、債務残高のGDP比率が90%を超える国の平均成長率は2.2%になる。

その経緯も面白い。ハーンドン氏は28歳の大学院生で、教授からラインハート=ロゴフ論文の再現(replication)を計量経済学の学期末小論文の課題として与えられたという。

 ところが、何度試してみても、同じ結果が出てこない。最終的に、彼は著者らに原データを送ってもらうように要請する。送られてきたデータをみて、ハーンドン氏はいくつかの初歩的な誤りと問題点を発見する。エクセルのコードの間違いで、重要なデータが分析から落とされてしまったこと、集計の仕方に問題があることなど。なにしろ相手は今をときめく有名教授たちである。

 彼は「僕は間違っているのだろうか」とガールフレンドに尋ねたほどだという。彼女の答えは「いいえ、そうは思わないわ、トム」というものだった(Edward Krudy “REFILE: How a student took on eminent economists on debt issue—and won,” Reuters, April 18, 2013.http://www.reuters.com/article/2013/04/18/global-economy-debt-herndon-idUSL2N0D503020130418)。

クルーグマンのブログ、FTなどが報道

ネットが発達している現代である。このニュースは瞬く間に広まり、ブログやツィッターはこの話題でもちきりになった。この論文が発表された2010年の時点で早くも批判のブログ記事を書いていたポール・クルーグマン(プリンストン大学教授)は、自らのブログと『ニューヨークタイムズ』紙のコラムで大きく取り上げている(Paul Krugman "The Excel Depression,” New York Times, April 18, 2013)。

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筆者

若田部昌澄

若田部昌澄(わかたべ・まさずみ) 早稲田大学政治経済学術院教授(経済学史)

早稲田大学政治経済学術院教授。1987年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。早稲田大学大学院経済学研究科、トロント大学経済学大学院に学ぶ。ケンブリッジ大学、ジョージ・メイソン大学、コロンビア大学客員研究員を歴任。専攻は経済学史。著書に『経済学者たちの闘い』(東洋経済新報社、2003年:増補版、2013年)、『危機の経済政策』(日本評論社、2009年:第31回石橋湛山賞)。共著に『昭和恐慌の研究』(東洋経済新報社、2004年:第47回日経・経済図書文化賞)。

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