メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

緊縮財政の時代は終焉を迎えるのか? ラインハート=ロゴフ論文事件の教訓(下)

若田部昌澄 早稲田大学政治経済学術院教授(経済学史)

 ラインハート=ロゴフ論文が政策にどこまで影響があったかは、注意深い検討が必要だろう。それと、データ開示には素直に応じているところからして、間違いが意図的であったとも思えない。

高かったメディアへの露出度

 しかし、ラインハートもロゴフも、常に政策への影響を意識して発言するタイプの経済学者であり、メディアへの露出度も高い。本人たちは、最初の弁明でも「相関関係を因果関係と誤解して使ったことはない」という。しかし、2011年4月5日、40人の米上院議員を前にして著者たちがブリーフィングをしたときには、「一刻も早く債務削減に乗り出すように」と助言を与えている(Tim Fenholz “How influential was the Rogoff-Reinhart study warning that high debt kills growth?” Quartz, April 16.http://qz.com/75117/how-influential-was-the-study-warning-high-debt-kills-growth/)。

 また、2011年7月には、「現状の債務残高の経路は、長期的な経済成長と安定性に対するリスクである」とも述べているし、2012年6月にはロゴフはProject Syndicateのコラムで「債務残高が90%を超えるという高水準にあることは、長期的な経済成長の障害となる。・・・もちろん、債務と成長については、二方向のフィードバック関係が考えられるが、通常の景気後退は1年程度しか続かないし、20年にも及ぶ停滞を説明できない。成長への障害は投資支出の減少と同様に、最終的には政府が増税する必要があるところにあるという可能性が高い」(Matthew O’Brien “Forget Excel: This Was Reinhart and Rogoff’s Biggest Mistake” The Atlantic, April 18.http://www.theatlantic.com/business/archive/2013/04/forget-excel-this-was-reinhart-and-rogoffs-biggest-mistake/275088/に引用)と述べている。

 「相関関係は因果関係をあらわさない」というよりも、彼らは高債務が低成長をもたらすという因果関係を想定した議論をしていたというべきだろう。クルーグマンは、さらにラインハートとロゴフ論文を引用してきた他の経済学者たちの責任も問うている。

 ラインハート=ロゴフ論文の政策への影響力はともかく、すでにして緊縮政策からの転換が始まっている。世界的に経済政策形成に影響力をもつ国際通貨基金(IMF)が方針転換をしていることは、このコラムの読者には周知のことだろう(吉松崇「『リフレ派』への転換した?IMF」Webronza、2012年10月17日付。http://astand.asahi.com/magazine/wrbusiness/2012101700010.html)。

緊縮財政の行き過ぎへの警鐘も

 今年のG20各国財務大臣・中央銀行総裁会議開催にあわせて4月16日に発表されたたWorld Economic Outlookでは、IMFは米国やドイツ、イギリスに対して、財政再建を成功させるためにはむしろ財政緊縮の進度と規模を緩めるべきであるという勧告を行っている。ラインハート=ロゴフ論文が出た2010年頃には財政再建を提唱したこともあったが、現在はむしろ次々と緊縮財政の行き過ぎに警鐘を鳴らしている。

 2012年のWorld Economic Outlookでは、「債務と成長の間に単純な関係はなく・・・『良い』状態から『悪い』状態へと変わる閾値のようなものも存在しない」と、あきらかにラインハート=ロゴフを意識した議論もしている。緊縮財政の時代は、終わりを告げつつあるのかもしれない(若田部昌澄『解剖アベノミクス』日本経済新聞出版社、2013年、97~103頁)。

 このエピソードは、日本についても教訓を与えてくれる。日本ではことさら、

・・・ログインして読む
(残り:約1270文字/本文:約3013文字)