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[9]東京新聞論説副主幹・長谷川幸洋との対話(中)

大鹿靖明 ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

 ――長谷川さんがそのような、メディアやジャーナリストは自立すべきだと認識に至ったのは、いつごろですか? ご著書の『日本国の正体』の中でも、「『御用ジャーナリスト』の末端のように思われても仕方がないような面もあった」(12ページ)などと、ご自身が霞が関の官僚の「ポチ」だったことを告白されていますよね。それが変化した転機というのはなんだったのでしょう?

長谷川幸洋・東京新聞論説副主幹

 長谷川 私は46歳のときに論説委員になって、もう14年も論説委員をしていますが、最初のうちは取材記者の延長線上でした。相手の言っていることを深く知ることが大事だと思って、とりわけ財務省の人たちとは徹底的に付き合いました。「日本の消費税は25%にすべきだ」と、最初に出した本『経済危機の読み方』(講談社現代新書)に書いて。

 

 そうしたら財務省が大喜びしてね、主計局にいた木下康司さん(現主計局長)がスカウトに来て、財政制度等審議会に臨時委員として入ることになりました。そのとき「委員になれば、長谷川さんが欲しがるような材料はいくらでもあげますよ」と言われましてね。だって私は「小泉政権が消費税の増税を封印したのはけしからん」と書いたりしていたんだから。財務省が喜ぶのは当たり前です。主計局調査課に大きなロッカーがあるんですが、ここには最新版の財政資料がなんでも入っている。「長谷川さん、ここにあるのは何を使ってもいいですよ」と言われました。

 

 ――俗に言うと、特ダネの宝庫となるようなペーパー類の山?

 

 長谷川 それこそ、もう取材する必要がなくなってしまう。財務省の課長以上は財政についての「対外的な説明の流れ」というペーパー集を持っています。これはロッカーの資料よりも、もうちょっと詳しいんです。それを彼らは半年に1回くらいの割合でアップデートしている。課長以上はみんなこれを持っているから、実は、記者がどの課長に取材しても答えは同じになるんです。私はその紙ももらっていたので、そもそも取材する必要がない。財務省が対外的に言いたいことは全部、そこに書いてあるんですから。

 

 ――普通の記者はたいてい、そこで大喜びとなって、「俺はこの分野で一生飯が食える」と思っちゃうじゃないですか、それをそうじゃないと思えたのはなぜなんですか。

 

 長谷川 取材しているときに、たまたま高橋洋一さんに出会ったのです。岩田喜久男先生の『金融政策の経済学』(1993年、日本経済新聞社)という本があって、そこで先生は日銀理論への批判を展開していて、この議論は正しいなと思っていたら、高橋さんが週刊東洋経済や週刊エコノミストに書いていた論文に出会ったのです。高橋さんは岩田先生とも交流が深かった。それで彼に電話したら「こいつはすごい」と思って。2003年ぐらいだったかな。

 

 そうしたら小泉政権で彼が竹中大臣の補佐官になって郵政改革を始めた。呼び出して話を聞いていたら、最初、彼は私をスパイと思っていたようなんだ。「財政審委員なんてどうせ財務省の犬だから、俺の動向を探りに来たのか」と警戒されてしまって。話しているうちに、たしかに日本の財政はたいへんな状況ですが、霞が関の現状を何も変えないで、現状がたいへんという話に過ぎない、と。高橋さんは「現状をどう変えるか」というところにポイントがあって、現状を変えれば財政はそんなに大変ではない、と。それで「目からうろこ」の気がしました。

 

 ――じゃあ転機は高橋さん? 現状を変えるとは小さな政府?

 

 長谷川 そうですね。それと彼が言う「博士の愛した数式」(注・財政再建には一定のプライマリーバランスの黒字が必要ということを示した式)。彼が竹中平蔵さんに説明した数式ですけど、これはだれも否定できない、ごく一般的な定理です。それとインフレ目標政策もきっかけでしたね。物価は日銀の出すベースマネーに連動しますが、これを日銀は頑として認めない。でも、岩田先生が「違うでしょう」と説明していました。経済学の教科書を読めば、岩田先生の議論のほうが世界標準なんです。これを否定したらマクロ政策は成立しない。

 

 私はもともと経済学に関心があって、ジョンズホプキンスの大学院では国際関係論を学んだのですが、帰国してから、それこそ八重洲ブックセンターの棚にある経済学の教科書は片っ端から読みました。

 

 普通の記者が取材を通じて、私が抱いているような経済政策上の確信が持てるかというと、そこは違いますね。取材だけでは無理です。やはり、ある程度は経済学をきちんと勉強しないとだめです。自分の中にしっかりした物差しができないから。

 

 日本の経済ジャーナリズムの問題点は、残念ながら経済学の基礎的な素養が欠けている記者が多いことですね。たとえば、ノーベル経済学賞をとったマンデル・フレミング理論なんてイロハのイですよ。変動相場制の大国開放経済の下では、財政政策は無効化され、金融政策のほうが有効という結論、これが理解できていない経済記者が頓珍漢な記事を書いたりする。

 

 ――高橋さんに出会って、そうやって書く記事が変わっていくと、それまで「宣伝係」と思って遇してくれていた財務省の官僚の人たちとの付き合いが変わっていきますよね。そのときに、取材先からつまはじきにされる、あるいは社内で浮いてしまう、そういうことはなかったですか?

 

 長谷川 社内は、私が何をやっているかわからなかった、と思いますね。

 

 でも、財務省では次第に警戒感が高まってきました(笑)。たとえば「政府の資産を売却したほうがいいんじゃないの」と議論を吹っ掛けると、主計官レベルでも、あるいは官房総括審議官だった杉本和行さん(現公正取引委員会委員長)に取材しても、まったく同じ答えが返ってくる。この人たちは私の取材を受けて何かを議論しようと思っているのではまったくなく、

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