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日本のガラパゴス経済学を解剖する-貨幣数量説を否定するのは何故か?-(上)

吉松崇 経済金融アナリスト

 「生産年齢人口の減少が不況とデフレの原因」(日本総研の藻谷浩介氏)、「名目賃金の下落がデフレの原因」(吉川洋東大教授)、「お金が究極の欲望の対象となる成熟社会では、金融緩和は効果を持たない」(小野善康大阪大学教授)。私の見るところ、黒田日銀の大胆な金融緩和を批判する言説の中で、これは日本特有のものだと思われるのは、以上の三つである。

 このほかにも、大胆な金融緩和を批判する言説には、実物的景気循環論(リアルビジネスサイクル仮説)に立脚して、金融緩和で名目変数を動かせても実質変数は動かせない、つまりデフレがインフレになっても実体経済に影響を与えない、との主張があるが、これは日本特有の言説とはいえない。

 もともとこの学派は、エドワード・プレスコット、ロバート・ルーカスといった1970~80年代にアメリカ経済学会を席巻した合理的期待形成学派の流れを汲む人々である。少なくともアメリカでは、1990年代半ばから2008年のリーマン・ショックまでの、多くの人々が未曾有のマクロ経済安定が永遠に続く!と考えた、いわゆる大中庸(Great moderation)の時代には、この学派はアカデミズムでも政策形成の場でも大きな影響力を持っていた。

 ところが、そもそも実物的景気循環論のモデルに従えば、金融市場は合理的・効率的なものと想定されており、実体経済(リアルビジネス)に対して中立的である筈だった。そうであれば、2008年のように、金融危機が実体経済に長期に亘り大打撃を与えるような事態は起り得ない!と考えられていた。つまり、既にこのモデルは現実に裏切られており、経済学としては消え行く運命にあるように、私には思える。もっとも、アカデミズムの世界では、異なる意見があるかもしれないが。

 そこで、本稿では、実物的景気循環論はさておき、最初に例示した三つの日本特有の言説だと思われるものについて、こうした言説がどこから来るのかを考えてみたい。

生産年齢人口の減少がデフレの原因というおかしな話

 先ず始めに、生産年齢人口要因説である。藻谷氏の主張は、「生産年齢人口が減少するので、就業者数が減少し、勤労所得が減少する。その結果、消費が減少する。これが、『デフレ』の正体だ」ということに尽きる。

 「小売販売額を見ると、ピークは1996年度の148兆円。それが、10年後には13兆円のマイナスです。9%近くも、国内のモノの消費が減っています。」(『金融緩和の罠』集英社新書、2013年、p26)()しかし、GDPデフレーターもこの10年の間に約9%下落している。実質消費支出は、この10年間横ばいであった。

 そもそも、この10年間を見ると、国民経済計算で見ても、家計調査で見ても、貯蓄率は一貫して低下している。つまり、家計の可処分所得が減少するほどには、消費は減少していない。これは当然であって、リタイアした家計の消費性向は、勤労者世帯の消費性向より、はるかに高いからだ。そして、就業者数の減少とは、リタイアした人口の増加に他ならない。

 藻谷氏は、生産年齢人口の減少の消費への影響、つまり総需要へのマイナスの影響を強調するが、総供給への影響については、何も語らない。これはおかしな話である。人はリタイアしても、

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