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[13]ジャーナリスト・安田浩一との対話(下)

大鹿靖明 朝日新聞経済部記者

 ――週刊誌の黄金時代を知る身からすると、いまの雑誌ジャーナリズムはいかがですか?

 安田 貧すれば鈍す、ですね。とにかくお金がない。編集費がないと取材ができない。僕が言うのは会食費ではなくて出張費。じっくり腰を落ち着けて取材したいのに「日帰りにしろ」とか「せいぜい一泊」とかで金をケチる。こういう「貧すれば鈍す」というのがいろんなところに及んでいます。さらにネットとの競合や、ネットからの批判を過剰に恐れて覇気がない。それでは取材力がついていかない。

 新聞社もそうでしょう。しかも新聞社が悪いのは、40歳になると、とたんに内勤じゃないですか。それではダメでしょう。40歳にならないと世の中のことがわからないでしょう?

 ――はい。20歳代のときの記事なんか恥ずかしくて読み返せません。

 安田 20代、30代では俯瞰して見ることができない。やっと40になって俯瞰して見ることができるようになる。ところが、よし今からというときに内勤でしょう。これではジャーナリズムが育たない。

 ――では週刊朝日の「ハシシタ」問題はどう思いましたか?

 安田 週刊朝日はその程度の意識でやろうとしたのかと。その程度かよと。その弱腰ぶりも含めて驚きました。

 ――まさに貧すれば鈍す、でしょうか。ところで客観報道で育った私は、安田さんの『ネットと愛国』のように主観を強く出すことに躊躇してしまいます。そこはどう考えていますか?

 安田 いや僕も『ネットと愛国』で初めて主観を出し「私」を登場させた。週刊誌記者時代も、とにかくファクトで勝負だった。だから正直言って「私」を登場させるときはまだ恐る恐るですよ。慣れていない。たかが俺なんかの意見を出していいのか、と。

 ノンフィクション作家の佐野真一さんは強く「私」を出すけれど、こっちは「私」を出すのにテレがある。恐れがある。他の編集者には「もう少し出したら」と言われています。そこが難しい課題ですね。

 やはりフリーでやっていくというのは、そこかなとも思うんです。一般的な記者と違うのは「私」を出していい世界なんだということ。そこがある種フリーの醍醐味じゃないですかね。

 ――佐野さんのデータマンをなさってこられたと思いますが、お話が出た佐野さんとのお仕事はいつからされているのですか?

 安田 2003年からです。佐野さんの2003年以降の本は何らかの形で全作品にかかわっています。

 ――安田さんがデータマンを務められた佐野さんの、ソフトバンクの孫正義社長を書かれた『あんぽん』と、安田さんの『ネットと愛国』では、在日に対する見方が違うじゃないですか。『あんぽん』は在日出身の孫さんの生い立ちを上から見下ろすように見える視点がありますが、安田さんの『ネットと愛国』はその反対です。矛盾を感じませんか。

 安田 僕はデータマンとして参加しているときは、佐野さんの手足になることに徹したんです。だから ・・・ログインして読む
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筆者

大鹿靖明

大鹿靖明(おおしか・やすあき) 朝日新聞経済部記者

1965年、東京生まれ。早稲田大政治経済学部卒。88年、朝日新聞社入社。アエラ編集部などを経て現在、経済部記者。著書に第34回講談社ノンフィクション賞を受賞した『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』を始め、『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』、『ヒルズ黙示録・最終章』、『堕ちた翼 ドキュメントJAL倒産』、『ジャーナリズムの現場から』がある。近著に『東芝の悲劇』。キング・クリムゾンに強い影響を受ける。

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