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イマーシブ・ジャーナリズムという試み

茂木崇 ニューヨーク・メディア文化研究者

 『ニューヨークタイムズ』が「イマーシブ・デジタルマガジン」を創刊する準備を進めていることが明らかになった。マルチメディアを駆使した「スノーフォール」という記事の成功を受けての企画である。

 「イマーシブ」は「没頭」を意味する名詞「イマージョン」の形容詞形である。本稿は演劇から話を始めてイマーシブ・ジャーナリズムの可能性について考えてみたい。

ロングランを続ける『スリープ・ノー・モア』

 2011年に、イマーシブ・シアターを手がけるイギリスの劇団パンチドランクが初のニューヨーク公演を開始した。作品の名は『スリープ・ノー・モア』。この作品は、劇場に出かけて座席に座って舞台の上で演じられる演技を見るという演劇の常識を覆し、現在もロングランを続けている。

 上演されているのは、廃墟と化したマッキトリック・ホテル。中には100に及ぶ不気味な部屋が並んでいる。パフォーマーは部屋から部屋へと縦横に移動しながら、シェイクスピアの『マクベス』とダフネ・デュ・モーリアの『レベッカ』のストーリーをほぼ無言で演じていく。観客は白い仮面をつけ、やはり無言で思い思いにパフォーマーを追いかける。1回の公演は3時間に及ぶ。

 私はまさに『スリープ・ノー・モア』に没頭した。追いかけるパフォーマーが異なると違ったストーリーに見えるので、観劇回数が増えれば増えるほど作品を深く理解できるようになる。また、舞台と客席が分離されておらず、パフォーマーと至近距離で接するので、目線や皮膚呼吸や姿勢のとり方でパフォーマーとコミュニケーションできるようにもなっていく。

 かつて経験したことのないめくるめく体験で、この作品に出会ってからというもの、私は座席に座って舞台を見るのを物足りなく思うほどになっている。

 イマーシブ・シアターには歴史があり、1981年に上演された『タマラ』が元祖だと考える演劇の専門家は少なくない。

積極的な文化の消費者

 では、なぜ今になってイマーシブ・シアターが盛んになってきたのだろうか。私のインタビューに対し、サードレール・プロジェクトのアーティスティック・ディレクターを務めるトム・ピアソンとザック・モリスはそろって、「デジタル化という世の趨勢がその背景にある」との認識を示している。サードレール・プロジェクトは、アメリカでイマーシブ・シアターを手がけてきた先駆者である。

 ピアソンとザックは、「イマーシブ・シアターの人気は、多くの人がパソコンや携帯電話の前で一日を過ごすようになったため、外出する時には感覚に訴える冒険的な経験を欲するようになっているからではないか」と分析する。

 一方で、「私たちはクリックしてあちこちに飛んでいったり、ゲームをしたり、点と点を結んで前進することに慣れ、以前よりも積極的な文化の消費者になっている。イマーシブ・シアターはこうしたデジタルのロジックに従っているのだ」とも二人は述べている。

 『スリープ・ノー・モア』の成功を受け、現在、ニューヨークではイマーシブ・シアターが続々と製作されている。発想も手法も様々だが、

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