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参院選で争点になるべきは何か?二つのレジームから考察する

若田部昌澄 早稲田大学政治経済学術院教授(経済学史)

 7月21日は参議院選挙である。といっても、まったくもって高揚感がない。なぜ高揚感がないのか。基本的に与党自民党が経済政策の好調に乗って安全運転に徹しており、野党がせめあぐねていることが大きい。

 もっとも、せっかくの選挙なのだから、議論があってしかるべきだろう。それも参議院選挙である。アベノミクスあるいは他の経済政策や政策でも、もう少し長期のこと、大きな枠組みが争点になってもよいと思われる。

ヒントになる2冊

 そういう大きな枠組みを考えるヒントになる本が最近2冊出た。正確には一冊はすでに刊行済みで、もう一冊は今月末にでる。

 一冊目は、ダロン・アセモグルとジェイムズ・A・ロビンソンの『国家はなぜ衰退するのか』(早川書房)である。これはMITの経済学教授であるアセモグルと、ハーヴァード大学の政治学教授の共著であり、彼らはすでに膨大な数の業績で知られている。特に、2005年に刊行された『独裁と民主政治の経済的起源(Economic Origins of Dictatorship and Democracy)』(未邦訳)は、題名の示唆するように、比較政治学の名著バリントン・ムーアの『独裁と民主政治の社会的起源』(岩波書店、1987-88年)を意識し、ゲーム理論を駆使しながら政治体制と経済体制の関連を分析した意欲作である。

 『国家はなぜ衰退するのか』は、彼らの研究の一般向けであると同時に、それ以上に野心的な試みである。ここで彼らは、ほぼ人類の歴史全体に目を向けて、ある国が発展し、別の国が衰退するという重大問題に対して、一つの解答を試みているからだ。その答えは、 政治体制による、という簡単なものだ。政治体制がより多くの人々の参加を促す包括的なものか収奪的かによる。政治体制は経済体制に影響をもたらす。持続的な経済発展に必要なのは各種の革新であるが、それは新規参入者による創造的破壊の形をとるから、既存のエリートに対しては脅威となりうる。創造的破壊を容認する政治経済体制が経済発展にとって重要であるが、政治体制がどちらになるかは歴史的偶然の産物である、という。

 彼らの理論にはいろいろと批判はある。実際、ほぼすべてが偶然で決まるという議論は、すべては必然と同じくらいに説明力に乏しいといえるし、包括的と収奪的の区別はあまりに画然としすぎている。ただ、ここで彼らが包括的な政治制度が大事といっている理由、とくに新規参入者を容認するかどうかが重要というのは有益な示唆を与えてくれる。

 もう一冊は、ルイジ・ジンガレス『人びとのための資本主義』(NTT出版)である。私はこちらには監訳者として関与しているので、利害関係者であることを申し添えておく。利害関係者であるかどうかを開示するのは、この概念がこの本の一つのカギとなっているからでもある。ジンガレスは、シカゴ大学ビジネス・スクールの教授で、ファイナンス、コーポレート・ガバナンス、文化と経済学、メディアの経済分析などの専門家である。本書は、今回の金融危機からアメリカ資本主義の現状を憂え、時論への発言を活発化させた著者による警世の書である。イタリア出身の彼は、縁故、コネがまかりとおる母国に嫌気がさし、外国人にも機会が開かれており業績主義が貫徹しているアメリカを選んだ。しかし、金融危機でアメリカの金融機関が不当に救済されるのに憤慨して、アメリカでも縁故主義が増幅しているのに危機感を抱いたのが本書執筆の動機である。

 よく経済学者自身も誤解しているところだが、経済学が擁護するのは自由な市場であり、特定の企業・産業・業界ではない。アダム・スミスの『国富論』が良い例である。本書はこの市場重視(プロマーケット)の伝統を継承するものであり、特定の企業・産業・業界重視(プロビジネス)と一線を画する。そして市場がうまく働くためには市場のルールが特定の集団にとって有利であってはならない。とはいえ、現実には、各種の利害関係者が市場のルールをゆがめて、自らの利益を追求している。政治経済学の研究知見を活かして、ジンガレスは、利害関係者の市場をゆがめようとする行動を抑制することが、市場経済の将来を左右するとし、ロビイスト活動の規制を唱え、政治を監視するメディアの役割を重視する。

 アセモグルたちの議論では、包括的制度と収奪的制度の区別はやや截然としすぎていると述べた。つまり、それぞれが現在の先進諸国と開発途上国の区別にほとんど等しいようで、先進諸国内でもジンガレスが問題にするように体制の包括度に差があることは問題にされていないようにみえる。実際には、先進国であっても包括度には差はあるし、その度合いも変化しうる。また、制度発展の偶然性を強調するあまり、アセモグルらの議論がとるべき政策については懐疑的なのに対して、ジンガレスには市場重視という軸がはっきりとしている。

二つのレジームで考える

 この2冊を参考にして、私自身別のところでは、「レジーム」を二つに分けて論じたことがある(若田部昌澄「最先端を行く『リフレ・レジーム』」『Voice』2013年7月号、96-105頁)。一つのレジームを「オープン」、もう一つを「クローズド」と名付けたが、その基本的な考え方は、アセモグル、ロビンソン、ジンガレスの区別とほぼ対応している()。

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 アベノミクスについては、私は経済効果の点では「第一の矢」とTPPがもっとも重要であると考えている。それは、 ・・・ログインして読む
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筆者

若田部昌澄

若田部昌澄(わかたべ・まさずみ) 早稲田大学政治経済学術院教授(経済学史)

早稲田大学政治経済学術院教授。1987年早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。早稲田大学大学院経済学研究科、トロント大学経済学大学院に学ぶ。ケンブリッジ大学、ジョージ・メイソン大学、コロンビア大学客員研究員を歴任。専攻は経済学史。著書に『経済学者たちの闘い』(東洋経済新報社、2003年:増補版、2013年)、『危機の経済政策』(日本評論社、2009年:第31回石橋湛山賞)。共著に『昭和恐慌の研究』(東洋経済新報社、2004年:第47回日経・経済図書文化賞)。

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