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[17]ルポライター 杉山春との対話(上)

大鹿靖明 朝日新聞経済部記者

 日々のニュースのなかで、最も見聞きしたくないのが、死に至らしめるような児童虐待事件だ。

 初めてそうした陰惨な事件を知ったのは1980年代の米国の事例だったが、まさか日本でこれほど広がるとは思わなかった。

 異常に見える事件も、頻発するにつれ日常のニュースとして消費されてゆく。

 フリーランスのルポライター、杉山春さんは長年この問題を追い続け、2000年に起きた段ボール箱の中で餓死した真奈ちゃん事件(当時3歳)を取材した『ネグレクト 育児放棄 真奈ちゃんはなぜ死んだか』(小学館)で第11回小学館ノンフィクション大賞を受賞、さらに近作『ルポ虐待――大阪二児置き去り死事件』(ちくま新書)では、記憶に新しい2010年の夏、大阪市のマンションで二人の子供が餓死した事件を取り上げている。

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 ――『ネグレクト』、『ルポ虐待』ともにページをめくるのがしんどかったです。

 杉山 子育て中の方で「途中で読むのがつらくなった」という人は、読者の中におられますね。

 ――そもそもお書きになったきっかけは。

 杉山 息子が1996年に生まれて、子育ての真っ最中、子育て物のルポを書いていたころの2000年に、『ネグレクト』で取り上げた真奈ちゃん事件が起きました。

 あれから10年以上たつのですが、児童虐待の性格が変わってきたと思うのです。

拡大ルポライターの杉山春さん

 以前は虐待は家庭の中で起きることと捉えていたのですが、2000年代の半ばから家庭の外で虐待が起きていると感じることが増えました。女性が子どもを連れて家を出て、新しい男性のもとにいき、そこで新しい男性による虐待が起きる。しかもその男性が、自分の産んだ子どもを虐待しているのを見ていても、実母は止めに入らない。そういうのが増えてきているなという印象を受けました。

 あるいは、お母さんが子どもを抱えたまま、住む場所を失って、友達のところを転々としているという事例が増えてきた印象も受けていました。

 変化を知りたい。何が起きているのかを知りたかったというのが『ルポ虐待』を書くきっかけです。

 ――厚生労働省によると、2012年度に全国の児童相談所で相談対応した児童虐待の件数は、児童虐待防止法施行前の1999年度の5・7倍の6万6701件にもなりました。その中で毎年50人を超える子どもたちが虐待死しています。

 おそらくこれは氷山の一角で、実態はもっと深刻なのでしょうが、いったい日本の社会でどういう変化がおきているのでしょうか。

 杉山 離婚が増え、母子家庭が急激に増えています。20歳以下の子どもを抱えた母子家庭は、1995年に約53万軒だったのが、2010年には約76万軒になりました。2000年代半ばぐらいから、子連れで風俗産業で働く若い女性が増えてきました。

 しかも、かつては風俗産業で働くことは、特別な仕事とされていましたが、いまは一般の仕事との境目がなくなってきた。デパートの地下の食品売り場で働いている人が、ちょっとお金が入用になると風俗で働くようなケースが出てきた。保険の外交員をしている女性が、車の車検でお金がかかるといったときに風俗で働くという例も知っています。女性にとって、身体を売るということが生計のひとつの手段になるということが起きている。そこが、変わってきている点だと思います。

 99年の厚生省の調査で、55歳以上の女性で、生涯に5人以上の性的パートナーを経験した女性は2%ぐらいですが、それが18歳から24歳では38%になっているという結果もあります。日本人の性がすごく大きく変化し、男女のつながりもこの10年、15年で大きく変化したことが背景にあると思います。

 社会構造の変化と、性のあり方の変化は、実は深く結びついている。そして、児童虐待のあり方の変化は、社会の構造変化と深く結びついていると思うんです。

 もう一つは就労の問題があります。90年代から派遣労働が増えました。親が安定しない中で子どもたちが育っています。男性も女性も仕事が不安定化し、家族と就労という人を支える土台のところがものすごく大きく変わりました。そこで子どもを育てるというのは大変だろうという思いはありました。

 ――「負の連鎖」のような感じで、虐待された体験をもつ人が親になると、自分もわが子にやってしまうように見えます。

 杉山 虐待は必ずしも連鎖をするわけではないということは事実だと思います。自分が虐待を受けて育ったからといって、必ずしも虐待をする母になるわけではない。でも、虐待を受けて育った人たちは、何かしら、生きにくさを抱えているように思えます。私自身、そんなにすごい数の児童虐待を取材したわけではないのですが、私が見た範囲ではそれをすごく感じます。

 また、専門家に話を聞くと、子どもが死んでしまうほどの激しい虐待には、

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筆者

大鹿靖明

大鹿靖明(おおしか・やすあき) 朝日新聞経済部記者

1965年、東京生まれ。早稲田大政治経済学部卒。88年、朝日新聞社入社。アエラ編集部などを経て現在、経済部記者。著書に第34回講談社ノンフィクション賞を受賞した『メルトダウン ドキュメント福島第一原発事故』を始め、『ヒルズ黙示録 検証・ライブドア』、『ヒルズ黙示録・最終章』、『堕ちた翼 ドキュメントJAL倒産』、『ジャーナリズムの現場から』がある。近著に『東芝の悲劇』。キング・クリムゾンに強い影響を受ける。

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