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[1]獺祭の挑戦 山奥の蔵が世界を酔わす日

多賀谷克彦 朝日新聞編集委員(経済担当)

 山口県のJR岩国駅から1両のワンマン鉄道に30分乗り、さらに車で20分。獺越(おそごえ)という谷間(たにあい)の集落に酒蔵が並ぶ。昨年5月、東京・京橋に日本酒バー「獺祭(だっさい)Bar23」を開設した蔵元の旭酒造。戦後、蔵の半径5キロ圏には3千人がいたが、いまは300人に減った。3代目の桜井博志社長(63)は「典型的な過疎地域ですよ」と言う。

 旭酒造は相当変わっている酒蔵だ。酒米の最高峰「山田錦」を5割以上削って雑味をのぞく純米大吟醸にこだわる。杜氏(とうじ)という職人を置かず、社員のデータ管理によって酒造りができる設備を整え、冬だけではなく、四季を通して獺祭を造る。

 山口県出身者の口コミから、首都圏を中心に支持が広がり、2013年の売上高は前年比1・5倍の39億円。10年余で10倍に伸びた。従業員は100人を超す。東京に続き、今夏にはパリに獺祭を飲んで買える店を開く。ニューヨーク、ロンドンにも開設する予定だ。

 地方に拠点を置き、市場縮小が止まらない日本酒。獺祭が支持を得たのはなぜか。

 「地方が地方だけで完結する時代は終わった」と桜井氏はいう。大手企業の工場を誘致し、地方は雇用を確保した。だが、工場の海外移転の勢いは多少の円安では止めようがない。市場縮小が続く地方での競争は厳しく、旭酒造も岩国では4番手の酒蔵だった。「同じ汗をかくなら、市場の大きい東京だと思った。海外進出も同じ」と明かす。

 同じ山口出身で、ユニクロを起こした柳井正氏も「東京からニューヨークに進出するより、山口から東京の方が遠かった」と語ったことがある。東京に一度出てしまえば、世界も近づく。

 桜井氏は「獺祭は富裕層をねらう。ニューヨーク、パリ、上海。彼らが日本酒に求めるものは同じだ。顧客層を絞れば、中小企業も対応できる」と明かす。

 ただ、桜井氏の気がかりは、地方経営者の事業意欲だ。「売上高の微減というのは意外と心地いい。うちのおやじもそうだった」。設備投資や材料価格もそう変わらない。雇用維持できれば、昨日と変わらない明日がくる。

 「私はそうはできなかった。地ビールのレストラン経営に失敗。倒産の瀬戸際も経験した。生き様を問われ、挑戦するしかなかった」

 地場産業が雇用を生み出し、事業を継続できる地域とはどんな姿なのか。「縮小均衡でもいいという考えを捨てないと。15年前のうちと同じ規模の、年商2億円ぐらいの堅実な企業は地方にぽつぽつある。そうした企業が大きく育ち、1社に依存しない地域経済になることが大事では」。桜井氏のきれいごとではない答えだ。

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筆者

多賀谷克彦

多賀谷克彦(たがや・かつひこ) 朝日新聞編集委員(経済担当)

1962年2月21日、神戸市生まれ。4年間の百貨店勤務を経て、1988年朝日新聞社に入る。前橋、新潟支局のほか、東京、大阪本社で経済記者。流通・食品、証券などを担当。07年4月から編集委員(大阪在勤)。

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