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TPPの牛・豚肉交渉、関税の大幅削減でも影響なし

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

 5月6日付けの朝日新聞1面は、大要、次のように報じている。

 アメリカは牛・豚肉の関税について撤廃ではなく容認に転じたが、大幅な引下げを要求している。牛肉の関税38.5%を一桁台に、豚肉のキロ482円(部分肉であり枝肉では361円)を数十円に引き下げる案も議論されているため、日米が合意できるか流動的だ。日本が求める輸入急増時のセーフガードについては、アメリカが難色を示している。

 牛・豚肉について、日本国民として検討しなければならない論点は、二つある。まず、牛・豚肉産業を保護する必要があるのかどうかということと、次に、この関税削減で牛・豚肉産業が影響を受けるのかどうかということである。

 最初の点から検討しよう。

 ワープロの出現で下町の印刷業者の人たちは転廃業を余儀なくされた。大型店の郊外進出で旧商店街はシャッター通りとなった。しかし、これらの人たちに国が特別の保護や補償を行ったことはない。

 これに対して、農業は食料安全保障とか水資源の涵養などの多面的機能を理由として、保護されてきた。これはコメをイメージして作られた議論だった。だが、牛・豚肉産業はこうした機能や役割を持っているのだろうか。これは、誰も論じてこなかったことであるが、保護を正当化するためには最初に議論されなければならない点である。

  実は、牛肉も豚肉も、アメリカからの輸入とうもろこしを飼料として作られた加工品である。牛・豚肉の生産が維持されても、国内の農地資源が維持されるものではなく、食料安全保障にはほとんど寄与しない。

 また、1キログラムを生産するのに、とうもろこしは豚肉では7キログラム、牛肉では11キログラム必要となる。バルキーな(量がかさばる)とうもろこしを高い輸送コストを負担して日本に輸入し、高い価格のとうもろこしを飼料として家畜に投与するよりも、アメリカで牛肉や豚肉を生産して、日本に輸入する方がはるかに効率的である。

 地産地消というスローガンの根拠にフードマイレージの主張があった。遠くから温暖化ガスを放出しながら輸送するよりも、近場で生産する方が環境にやさしいというものだった。しかし、同じ輸入なら、バルキーなとうもろこしを輸入するよりも、

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筆者

山下一仁

山下一仁(やました・かずひと) キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

1955年岡山県笠岡市生まれ。77年東京大学法学部卒業、農林省入省。82年ミシガン大学にて応用経済学修士、行政学修士。2005年東京大学農学博士。農林水産省ガット室長、欧州連合日本政府代表部参事官、農林水産省地域振興課長、農村振興局整備部長、農村振興局次長などを歴任。08年農林水産省退職。同年経済産業研究所上席研究員。10年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。20年東京大学公共政策大学院客員教授。「いま蘇る柳田國男の農政改革」「フードセキュリティ」「農協の大罪」「農業ビッグバンの経済学」「企業の知恵が農業革新に挑む」「亡国農政の終焉」など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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