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[35]日本のエネルギー政策には大幅な進歩の余地

齋藤進 三極経済研究所代表取締役

 BP社(かつてのBritish Petroleum社)は毎年6月、世界エネルギー統計年鑑(BP Statistical Review of World Energy 2014)を公表する。世界各国の種類別エネルギー生産量、消費量、埋蔵量、価格などの時系列データなどを掲載したもので、エネルギー関連業務従事者には、最も基本的な統計資料となっている。

 かつては、一部の政府関係者・エネルギー業界関係者などを除き入手し難かった大部の統計書が、インターネット時代の有り難さで、誰でも無料でダウンロードでき、統計数値部分は加工し易いように、エクセル版でも提供されている。(リンク参照)

 先週に公表された今年版の年鑑掲載データの幾つかを、若干の加工を施したものを含み、グラフ化して眺めてみよう。

 イラク情勢の急変で、エネルギー価格が大きく変動している今のような時期こそ、基本データが提供するエネルギー事情の全体像を冷静に眺めるのが、断片的な情報や、デマ情報に、右往左往させられないためには大切であろう。

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 まず、2000年から2013年の間の世界経済全体での第1次エネルギー消費量を見ると、36・3%増加している。中国が2・91倍、インドが2・01倍と、新興経済圏が、世界経済におけるエネルギー消費量の増大をリードしている。

 同期間に、先進経済圏の米国は2・1%減、英・独・仏・伊の欧州主要4ヵ国は5・7%減、日本は8・5%減と、新興経済圏と好対照をなしている。第1次エネルギー消費量がピークを付けたのは、米国では2007年、英・独・仏・伊の欧州主要4ヵ国では 2004年、日本では2005年であった。

 先進経済圏では、2000年以降の経済成長が鈍化したことと、エネルギー価格の上昇への対抗策として、エネルギー効率が大きく飛躍したことが、第1次エネルギー消費量の低下の背景にある。要するに、省エネが大きく進展したと言えよう。

 以上から、新興経済圏のエネルギー需要の増大が、エネルギー価格の上昇、高止まりの背景にあることが見える。

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 1950年代半ばから1960年代、1973年の第1次石油危機前の日本経済の高度成長は、廉価な石油を大量消費することに依って達成されたと言っても過言ではない。日本経済の石油消費量が第1次エネルギー消費量に占める比率は、1973年には77・9%にも達していた。石油消費量の絶対量も、同年に、最近40年余りの期間のほぼピークを付け、その水準に1979年に再度近づき、1996年に若干上回った程度であった。

 1973年から2013年の30年間に、日本の第1次エネルギー消費量は37・2%の増加を見た。その増加分の全量は、天然ガス、石炭、原子力、水力、再生可能エネルギーなど、石油以外のエネルギー消費量の増大によるものであった。

 2011年には東日本大震災・福島第1原発事故の発生で、2013年秋までには、日本の商用原発からの電力供給は全面的に停止された。

 しかし、日本の第1次エネルギー消費量自体が、2005年には既にピークを打っていたこと、エネルギー価格の高騰で省エネが急進展したことで、

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筆者

齋藤進

齋藤進(さいとう・すすむ) 三極経済研究所代表取締役

(株)三極経済研究所・代表取締役。1950年静岡県生まれ。73年京都大学経済学部卒、73年より、国際関係研究所客員研究員(台北)、76年ミシガン大学大学院経済学博士課程修了。フォード財団特別研究員、ウォールストリートで、金融機関、機関投資家、国際機関向けの独立経済コンサルタント業、クレディ・スイス銀行(東京)経済調査部長兼チーフ・エコノミストなどを経て、1990年より現職。「平成不況」の名づけ親として、多くの経済政策論文・論説を発表。著書に『平成不況脱出』(ダイヤモンド社)、『平成金配り徳政令』(講談社)など。世界の100人のTop Political Columnistにも選ばれている。 【2016年8月WEBRONZA退任】

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