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[38]日本は軍拡の罠に落ちないか――平和国家の看板を降ろすな

齋藤進 三極経済研究所代表取締役

 安倍晋三政権は、日本国憲法の改定も経ずに、閣議決定による憲法解釈の変更で、集団的自衛権の行使を容認した。南シナ海では中国とベトナム、フィリッピンの衝突が続く。東シナ海でも尖閣諸島をめぐる日中両国の国家権力が一触即発の状況に置かれている。キナ臭い話ばかりが増えている。

 背景には、中国経済の大躍進にともなう中国の軍事費の急膨張がある。それが、東アジア・東南アジア諸国間の軍事、政治、経済バランスを、従来のパターンとは大きく異なるものにしている。私たちはこのことを素直に見つめる必要がある。

 日本と中国の国内総生産(GDP)を米ドル換算にして比較すると、2009年には日中が互角、2010年には中国が日本を抜き去り、今年・2014年には、中国が日本の2倍以上になると見込まれる。

 日本は、1976年の三木内閣の決定以降、軍事費をGDPの1%に抑制する政策を取って来た。中国の場合は、GDPの2%ほどを軍事費に振り向けてきたとの推計が一般的である。この比率は米英仏露などの米欧諸国に比べて低い。しかし、中国経済の規模の急膨張で、わずか2%でも、中国の軍事費の絶対額も急拡大することになったと見られる。

 中国の軍事費がGDPの2%であったとの前提で、中国の軍事費の時系列のグラフと、日本の軍事費がGDPの1%であったとの前提で算出された時系列のグラフを比較しよう。

 中国の軍事費の規模は、日本の軍事費の規模に比べ、2005年にはほぼ同水準、2006年には凌駕し始め、今年2014年には、4倍以上になると見込まれる。

拡大

 中国の軍事費が急膨張している状況下で、1990年代当時や今世紀に入って早々の時期の感覚で、日中経済比較論や、日中軍事比較論を展開すれば、余りにも現実離れした議論になりかねないのは当然である。

 中国でこうしたペースで軍事費が急増していれば、軍艦、軍用機などの新規建造も急速に増えているはずだ。軍事技術の最先端分野の多くで先頭を走って来た米国などに追い付き、追い越す場面が多々出て来ても、何ら不思議ではなかろう。

 中国の核ミサイル(弾道ミサイル、巡航ミサイル)が、日本、韓国、東南アジア諸国、グアムなどの西太平洋の米国領を射程内に収めて久しい。

 問題は、中国の軍事費の急膨張に象徴される中国の空海の通常戦力、巡視船(中国海警)などの海上保安能力の急拡大である。南シナ海、東シナ海での緊張激化の直接的な原因だ。

 南シナ海の西沙諸島(パラセル諸島)は、ベトナムの宗主国であったフランスの軍隊がベトナムから撤退した後の1956年以降は、東半分は中華人民共和国が占領し、西半分はフランスの支配を継承した南ベトナム(ベトナム共和国)の支配が継続していた。

 しかし、パリ和平協定に基づいて、1973年3月に米軍が南ベトナムから撤退したことが確認された後の1974年1月には、中国軍が南ベトナム軍を西沙諸島の西半分からも駆逐し、以降は中国の実効支配が続いている。南ベトナムを継承した現在のベトナム社会主義共和国が、西沙諸島の領有権の主張を放棄したわけではない。

 今年5月には、中国は西沙諸島海域で、石油掘削海上リグを設置した。ベトナムは、小型の公船、漁船などを派遣する程度で、圧倒的な中国の巡視船などの海上保安能力、海軍力に対しては、成す術がないのが実状である。中国の大型船が、ベトナムの小型漁船に体当たりし横転させたとされる映像を国際的に流布して、ベトナムに対する国際的な同情に訴えるのが、せいぜいの対抗措置と言えよう。

 フィリピンと中国の間でも、2012年には、両国が領有権を主張するスカボロー礁、今年3月には、セカンドトーマス礁をめぐって、フリッピン海軍艦艇、中国巡視船の間で、小競り合いが展開された。 この事態に直面して、フリッピンと米国は今年4月、同国内の軍事基地を米軍が長期に使用することを許可する10年間の新協定を締結した。

 しかし、フィリピンと中国の間の紛争に、米軍が直接に介入すれば、核保有国である中国と米国の直接の軍事対決に直ちに発展する。

 中国は、米国がフィリピンのために核戦争に踏み切るなどということはあり得ないと読んでいる。だから、フィリピンに対して、空海の通常戦力、巡視船などの海上保安能力などの圧倒的優位で押しまくるだろう。米国はこうした中国の行動に対して、 ・・・ログインして読む
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筆者

齋藤進

齋藤進(さいとう・すすむ) 三極経済研究所代表取締役

(株)三極経済研究所・代表取締役。1950年静岡県生まれ。73年京都大学経済学部卒、73年より、国際関係研究所客員研究員(台北)、76年ミシガン大学大学院経済学博士課程修了。フォード財団特別研究員、ウォールストリートで、金融機関、機関投資家、国際機関向けの独立経済コンサルタント業、クレディ・スイス銀行(東京)経済調査部長兼チーフ・エコノミストなどを経て、1990年より現職。「平成不況」の名づけ親として、多くの経済政策論文・論説を発表。著書に『平成不況脱出』(ダイヤモンド社)、『平成金配り徳政令』(講談社)など。世界の100人のTop Political Columnistにも選ばれている。 【2016年8月WEBRONZA退任】

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