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銀行の自己資本比率を30%に引き上げろ! アドマティ・スタンフォード大学教授の孤軍奮闘

吉松崇 経済金融アナリスト

 近頃、欧米の銀行経営者の間で心底恐れられている金融学者がいる。イスラエル出身のスタンフォード大学ビジネススクール教授、アナト・アドマティ氏である。

 なぜ恐れられているかと言えば、彼女の提言している銀行規制案が、銀行経営者にとって、とても受け入れられない(と思われる)非常にラディカルな主張だからだ。「金融危機を二度と起こさない為には、現在の銀行規制が求めている自己資本比率では到底足りず、少なくとも30%の自己資本比率が必要だ」と彼女は主張する。

ドン・キホーテの戦い

 この「30%の自己資本比率」というのがどれほど厳しい提案かというのは、現在の銀行規制と比較してみればすぐに判る。例えば、アメリカで2010年に成立した金融機関規制法、ドッド=フランク法が定める負債・自己資本比率の規制は15:1以下、つまり6.7%以上である。また、国際業務を行う銀行に対する国際統一基準(BIS基準)は8%である。つまり、アドマティ氏の主張は「現在の自己資本比率を4~5倍にする」という、文字通り「桁違い」の提案である。

 アドマティ氏のこの主張はあまりにラディカルなので、2010年に彼女がこの主張を始めた頃には、殆ど誰にも相手にされなかったようだ。しかし、昨年、ドイツ・ボン大学のマルティン・ヘルヴィッヒ教授と共同で、銀行業と銀行規制に関する啓蒙書, “Bankers’ New Cloths “(Princeton University Press)を欧州とアメリカで同時に出版し、この本が注目を集め始めると、世の中の風向きが変わってきたようである。(邦訳が『銀行は裸の王様である』という題名で今年6月に東洋経済新報社から刊行されている。)

 ニューヨーク・タイムズによると、先月、オバマ大統領がアドマティ氏をランチに招きその見解を聞いた、という。そして、その直後には、上院銀行委員会の公聴会に呼ばれ、銀行規制についての証言を行った。また、スタンリー・フィッシャーFRB副総裁は、最近のスピーチでアドマティ氏の主張を取り上げ、これを賞賛したそうだ。どうやら、アドマティ氏の主張が大物の耳元に届きはじめたようだ。(”When She Talks, Banks Shudder” by Binyamin Appelbaum, New York Times, August 9, 2014

 オバマ大統領がわざわざアドマティ氏をランチに招いて意見を求めたというのは、ちょっとした事件である。というのは、そもそもアドマティ氏は、オバマ大統領と民主党が、2008年金融危機の後で政権の命運をかけて推進した金融機関規制法、ドッド=フランク法とボルカー・ルールに対して、批判的な学者であったからだ。

保守系の学者によるラディカルな提案

 アドマティ氏がドッド=フランク法とボルカー・ルールに批判的なのは、この法律の介入主義的な性質にある。ボルカー・ルールの投機的取引禁止規定が典型的だが、アドマティ氏は、政府部門が民間銀行のビジネスに事細かに介入するのは効果的でもないし望ましくもない、と考える。民間銀行がどのようなリスクを取るかが問題なのではなく、そのリスクが一企業の枠を超えて社会化されてしまい、納税者がこれを負担せざるを得なくなることが問題なのだ。

 アドマティ氏によれば、2008年金融危機から今日まで、アメリカの一般民間企業の新規の資金調達は、40%が負債で60%が株式による調達であったという。そもそも、一般民間企業であれば、

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筆者

吉松崇

吉松崇(よしまつ・たかし) 経済金融アナリスト

1951年生まれ。1974年東京大学教養学部卒業。1979年シカゴ大学経営大学院(MBA)修了。日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)、リーマン・ブラザース等にて30年以上にわたり企業金融と資本市場業務に従事。10年間の在米勤務(ニューヨーク)を経験。2011年より、経済・金融の分野で執筆活動を行う。著書:『労働者の味方をやめた世界の左派政党』 (PHP新書、2019年)、『大格差社会アメリカの資本主義』(日経プレミアシリーズ、2015年)。共著:『アベノミクスは進化する』(中央経済社、2017年)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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