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年金積立金の株式運用 「失敗したら給付が減る」という国民の合意が必要だ―― 明治大学・田中秀明教授インタビュー

松浦新 朝日新聞経済部記者

 政府は年金積立金を「成長戦略」で利用する方針を決めている。公的・準公的資金の運用を見直すための有識者会議の座長を務めた伊藤隆敏教授(政策研究大学院大学)のインタビューをこの欄で紹介した。今回は、年金積立金のリスク運用に疑問を持つ立場から、明治大学公共政策大学院の田中秀明教授に聞いた。

許容されるリスクとは何か

 ――伊藤隆敏教授が「GPIFは許容されるリスクのなかで、より高いリターンを求めることが目的」と発言されていることに疑問を持ったとのことですが、なぜですか

 許容されるリスクの中で運用することに異論はありませんが、許容されるリスクが何かということが問題です。

 ――許容されるリスクは、公的年金の運用利回りとの兼ね合いで考えることですね

 運用利回りは、年金の将来推計において所得代替率50%を守るために算出されたものです。50%を維持するために、運用でリターンがどのくらい必要かということから出てきている数字といえます。極論すれば、これだけの運用利回りが欲しいという願望です。

 ――年金制度を大きく見直した2004年の年金改革から、2009年、今回と、だんだん高くなっていますね

 労働人口の減少など厳しい見通しになっているにもかかわらず、楽観的な運用利回りになっているわけです。恣意的な財政見通しといえます。過去のトレンドを見ながら作った数字ではあるけれど、結局は、所得代替率50%を守るために「これぐらいは欲しい」という利回りになっています。その利回りを決めたうえで、例えば5%が必要だとすると、その5%のリターンを得るために運用資産に占める株式や国債の割合を決めるのがポートフォリオなのです。例えば過去30年の株式の平均収益率、国債の平均収益率とそれぞれの運用割合を使って、5%になるように組み合わせます。そこにはバブル期も含まれます。過去の数字と期待収益率のどこにリスク許容度という概念があるのでしょうか。

 ――そもそも、許容度というのは何ですか

 公的年金とは違いますが、企業年金で説明するのがわかりやすい。企業年金の運用の考え方には、「責任準備金」の概念があります。例えば、確定給付で65歳から毎月5万円を出しましょうという企業年金があるとします。掛け金を払って運用して、5万円を給付できるよう設計するわけです。将来5万円を給付するために、これから掛け金を払って、一定の運用利回りを得て、それを合わせて給付するためには、いま積立金がいくら必要かという「責任準備金」が計算されます。それと、実際の積立金を比べます。責任準備金より実際の積立金が多ければ、例えば、責任準備金が100億円でも、これまでの運用成績がよくて120億円あるとします。この20億円はバッファといえます。バッファがあるということは、それは極論すれば失敗して無くなってもよい。だから、実際の積立金が責任準備金を上回れば上回るほど、高い運用リスクを取ることができるのです。

 ――それを許容度というのですか

 普通はそうです。我々だってそうじゃないですか。例えば、宝くじで1000万円当たればもうちょっとリスクの高い運用をしましょう、となります。だけど、生活がカツカツで、たとえばボーナスが100万円あったとしても、住宅ローンのボーナス返済が多いと、高いリスクは取りづらいですね。年金運用では、しばしば「時間分散効果」という言葉が使われます。年金積立金は長く運用するので、リスクを取り収益が得られると説明されます。これも誤解が生じやすい概念です。

 例えばですよ、20歳の人、50歳の人、65歳の人がそれぞれ1000万円持っています。それぞれどういう運用方法をするかを考えましょう。おそらく、若い人ほどリスクを取りやすいでしょう。それは、長く運用すれば儲かるからではなく、若い人はたとえ1000万円を失っても、やり直しがきくからです。他方、65歳の人、働けない人が、もし、十分な蓄えがなければ、1円たりともリスクを取ることができず、1000万円は定期預金に預けることになりますよね。あるいは国債を買うか。それは失った時のダメージが大きいためです。GPIFの場合は、実際の積立金が130兆円あっても、企業年金で考える責任準備金より少ないので、理論的にはリスクは取れないのです。

リスクを取るための仕組みと国民の合意が必要

 ――公的年金は現役から受給者に渡す「賦課方式」で、企業年金の「積立方式」ではありません

 もちろん、企業年金とは違います。しかし、130兆円のうち、一体どこまでリスクを取るのでしょうか。本来は取れないのですが、リスクを取るなら範囲を定めるべきです。厚生年金の掛け金がいま、給料の17%ぐらいになっています。例えば、このうち2%分を元本がなくなるリスク運用に回すことが考えられます。その代わり、失敗した場合は、給付削減です。もしくは増税とか、保険料を引き上げますよ、という了解をとってリスク運用するならひとつのやり方です。私は今のGPIFのリスク運用には否定的だけれども、リスク運用そのものを否定しているわけではなくて、リスクの許容範囲、失敗した時の責任の取り方、そして運用のガバナンスなど、リスクを取るための仕組みと国民の合意が必要だと言っているのです。

 ――国民とそういう対話をしたうえでどこまでリスクを取るかを決めないといけないということですね

 そうです。しかし、今はそうなっていません。最近のGPIFを巡る議論で、 ・・・ログインして読む
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筆者

松浦新

松浦新(まつうら・しん) 朝日新聞経済部記者

1962年生まれ。NHK記者から89年に朝日新聞社に転じる。経済部、くらし編集部(現・文化くらしセンター)、週刊朝日編集部、特別報道部などを経て、現在は東京本社報道局経済部に所属。年金、医療をはじめとした社会保障制度に関心を持つ。金融商品や土地・住宅問題など、くらしと経済に関わる問題に関心がある。

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