2014年09月19日
西川公也農林水産相は就任記者会見で、“農家所得の向上”を強調した。農協改革についても、“農家所得の向上”の観点から検討すると主張している。国民の食料費支出94兆円のうち、80兆円が農業以外の産業の取り分となっているので、農家が周辺産業まで進出することによって農業(農家)の取り分を増やすべきだとも主張している。
しかし、はたして“農家所得の向上”が農政の目的なのだろうか?ワープロの出現で印刷業者の多くは転廃業した。郊外の大規模店舗の出店で、町の商店街はシャッター通り化し、昔からの商店は店をたたんでいる。土木業者は公共事業縮小の影響を受けてきた。産業構造の変化を受けて倒産する中小企業の人たちも、就職氷河期の影響をいまだに受けている人たちもいる。
それなのに、なぜ農家だけが特別に所得を保障されなければならないのだろうか?農林水産省以外の国の政策で、特定の産業従事者の所得向上や保障が目的となることはない。
通常の場合、かつての石炭や繊維のように、ある産業の収益性が低下するのであれば、他の産業に労働や資本を円滑に移転する政策をとればよく、当該産業の維持やその産業従事者の所得向上のために政策を講ずべきだという議論は行われない。
もし農家の所得を保障・向上しなければならないとすれば、農業は国民の生命維持に不可欠な食料を供給するからだという役割があるからだとしか説明がつかない。食料危機の際に農業を維持しておかなければならないという主張もあるだろう。食料安全保障の議論である。
しかし、それ以外に、特段農家の所得だけ保障しなければならない理由はない。つまり、食料の供給や食料安全保障が第一義的な農政の目的であって、その限りにおいて、農業に従事する農家の所得を維持しなければならないという主張が出てくるのである。
1900年に柳田國男が農商務省に入省して以来、戦前の農政官僚たちは、これを肝に銘じていた。関税を導入し、米の輸入を抑制することにより、高い米価を実現しようとした地主勢力に対し、柳田國男は消費者や労働者のことを考えると、安い輸入米を入れても、食料品の価格を下げるべきだと主張した。農家の所得を向上するなら、米価を上げるのではなく、生産性を向上させて、コストを下げるべきだと主張したのである。
柳田の後輩で小作人解放に尽力した石黒忠篤は、
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