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総選挙で垣間見える自民党と農協の関係性

消費者不在の農業政策がもたらすもの

山下一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹

 今回の総選挙で自民党の選挙公約は取りまとめが難航した。

 難航したのは、基本的なマクロ政策や社会保障政策などではない。農協改革をどのような表現ぶりにするかについて、「岩盤規制を打ち抜いていく」と強調する安倍総理の意向を踏まえて農協改革を積極的に推進したい前・規制改革担当大臣の稲田政調会長と農林族議員との間で、議論が続いたからだ(以下は主として11月26日付け日本農業新聞による)。

 当初、自民党の最高決定機関である総務会に提案された原案は、「農協改革(中央会制度)等については、本年6月に与党で取りまとめた『農協・農業委員会等に関する改革の推進について』に基づき、着実に推進する」という表現だった。

 「中央会」とは、かつては米価闘争、現在はTPP反対運動の急先鋒となって活動している農協の指導団体である。安倍首相は、「農協については60年ぶりの抜本改革となる。これにより中央会は再出発し、農協法に基づく現行の中央会制度は存続しないこととなる。改革が単なる看板の掛け替えに終わることは決してない」と繰り返し主張し、中央会改革を農協改革の中心に置いている。原案は、その意向を反映したものだろう。

 これに、「中央会」だけを特記するのは適当ではないと農林族議員が反論したのだ。

 20分で終わる予定の総務会が1時間に及んだ後、二階総務会長に一任された。二階総務会長は谷垣幹事長などと相談し、「農協改革(中央会制度)等」を「農協改革(中央会制度など)等」と、中央会だけが改革の対象ではないとしたうえで、「着実に推進する」を「議論を深め、着実に推進する」と修正した。

 農協票は細ってはいるが、二人の候補が競っている小選挙区制では、わずか3%の票でも相手方陣営に行くと6%の大きな差になってしまう。この回復は容易ではない。対立政党の民主党が政権運営の失敗から国民の信頼を失っているので、自民党候補は万全だと、当の候補者以外の人達は思うかもしれない。

 しかし、自民党には、1989、90年の選挙で、畜産・みかん地域出身の山中貞則、江藤隆美、桧垣徳太郎などの大物農林議員が、牛肉・オレンジ自由化の報復を受け、落選したという苦い経験もある。選挙に落ちればタダの人ということは、当の本人でなければわからない。

 農村地域出身の議員にとって、農協改革だけでなく、米価下落という逆風も吹いている。選挙を控えて、農林水産省は、本年産のコメの一部を市場から隔離するとともに、来年の減反を強化して生産を減少させるという政策を打ち出した。市場での供給量を減少させて、米価を引き上げようというものだ。

 農家はそれでよいかもしれない。しかし、米価が上がると、消費者は困るのではないだろうか?円安で輸入食料品の価格は上昇している。コメが安くなって、消費者はほっと一息ついていたのではないだろうか。主食であるコメの値段を上げてよいのだろうか?

 自民党と連立している公明党は、消費税を増税すると貧しい消費者の家計が苦しくなるとして、食料品の軽減税率を主張している。こちらは食料品の価格を上げてはならないと主張しているのだ。

 しかし、自民党だけではなく、公明党も、民主党も、国際価格よりも高い国内の食料・農産物価格を守るため必要な高い関税を維持することが国益だと主張している。この政策こそ逆進性の塊である。

 しかし、TPP交渉に前向きに参加し、農産物の高関税を撤廃し、貧しい消費者の家計を助けようという政党はどこにもない。国民生活が第一と言う生活の党が、消費税に反対するのは分かるが、TPPにも反対だという。つまり、票は欲しくても、真剣に消費者のことを考えている政党はいないということだろう。

 米価を上げると、農業からの所得に依存しない兼業農家などにも、その効果は及ぶ。食料品の軽減税率は、所得の高い人たちにも利益となる。望ましい政策は、米価の引き上げや食料品の軽減税率ではない。

 コメ農家のうち、農業で生計を得ている主業農家の人たちは1割にも満たない。関税がなくなっても、米価が下がっても、主業農家の人たちに財政から直接支払いをして所得を補償すればよい。消費税を上げて財政再建を進め、徴税コストがかかる軽減税率ではなく、貧しい人たちだけに消費税が上がった分だけの直接給付をすればよい。これが正しい政策である。

 票だけ欲しいという政治や政党は、いずれ国民に愛想を尽かされるのではないだろうか?