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[1] 素養が問われる深遠なる遊戯(上)

270年の伝統が培った「ゴルフの精神」と愉悦のとき

山口信吾 ゴルフ作家

世界最古のゴルフクラブで至福の一日

 2003年の「リンクス旅」の途上に、ひょんなことからスコットランドのホーイックでカシミア衣料の会社を経営するデービッド・サンダーソン氏と知り合った。多忙な経営者でありながらハンディ7の熱烈なゴルフ愛好家である。彼は、ぼくがスコットランドを訪れるたびに、自身が会員である1744年に設立された世界最古の名門ゴルフクラブ、「ジ・オノラブルカンパニー・オブ・エディンバラ・ゴルファーズ(以下「オノラブルカンパニー」と略)」に招いてくれる。

 オノラブルカンパニーで会員たちに交じって何度もプレーしているうちに、「ゴルフの精神」の薫陶を受けた。オノラブルカンパニーの紳士たちは270年の伝統が培った「ゴルフの精神」の体現者なのだ。

オノラブルカンパニーの格調高いクラブハウスを背に、左からウィリアム(66歳、ハンディ18)、友人のサンダーソン氏(42歳、ハンディ7)、ハリー(75歳、ハンディ15)。年齢とハンディはプレーした2005年当時

 オノラブルカンパニーで過ごす“7時間半”は、途方もない愉楽のときだ。2時間半にもわたる午餐を挟んで、キャディバッグを担いだり手引きカートに乗せて引いたりして、午前中にたった2時間半で18ホールを、午後にも2時間半で同じ18ホールを歩いて回る。

 朝9時に二人でスタートして1対1でホールごとの勝敗を決めるマッチプレーをする。ラフやバンカーに打ち込んで大叩きをして大差がつけば、「ユアホール!」と告げて相手の勝ちを認め、パットを省略して次のホールへ向かうこともある。各ホールを取ったり取られたりしながらスイスイと18ホールを回ってクラブハウスに戻る。

 シャワーを浴びて上着とネクタイを着用してから、ゴルフ史上有名な絵がかけられたスモーキングルームに行くと、午後一緒に回る会員二人が待っている。支配人が他の会員との組み合わせを決めてくれているのだ。4人で食前酒を飲みながらゴルフ談議をしていると、午餐の席が準備できたという知らせがある。

 ダイニングルームに入ると、まるでハリー・ポッターの映画に出てくる学寮食堂を思わせる横長のテーブルが並べられている。会員の交流を促進するためだ。遠くに座っている会員同士が挨拶を交わしている。壁には歴代のキャプテンの肖像画がかけられ、コース側の巨大なガラス窓越しに18番グリーンが見える。

 ワインを飲みながら和やかに談笑しつつ大層美味なフルコースの午餐を楽しむ。主菜のローストされたビーフとポークとラムは圧巻! カリッと焼き上げられた3つの肉塊からそれぞれ肉片を薄く切り出してもらう。午餐が終われば、再びスモーキングルームに戻って、今度は食後酒を飲みながら引き続き談笑。なみなみと注がれた「クンメル」という少し甘くて強い蒸留酒を一気に飲むのが作法である。

 更衣室でもスモーキングルームでもダイニングルームでもコースでも、会員とゲストを区別する雰囲気は全くない。会員も従業員も、見知らぬゲストに対して実に品よくにこやかに接してくれる。クラブの雰囲気に溶け込んで、紳士としてふるまっている限り会員とゲストは対等なのである。

 2時間半もかけてたらふく飲んで食べてしゃべって、さあ、再びコースへ向かって進軍。海から吹き寄せる涼風に当たれば、酔いは一気に冷め戦闘気分が盛り上がる。

 ゴルフでお酒を飲むのには、それなりの訳がある。軽い酩酊状態であれば、運動をつかさどる小脳の働きには問題がないし、理性をつかさどる大脳皮質の活動が低下して、本能や感情をつかさどる大脳辺縁系の活動が活発になる。すなわち、軽い酩酊状態では、本能を発揮しながら思い切ったプレーができるのだ。

 午後には二人一組で、各組が1つのボールを交互に打つ「フォアサム」と呼ばれる伝統のマッチプレーをする。4人が各自のボールをプレーすることは許されていない。フォアサムでは、2人が先回りしてフェアウェイやグリーンの脇で待っていて、すかさず第2打を打つので、プレー進行はなんとも早い!

4人の息が合ってこそゲームは盛り上がる

ミュアフィールドで開催された2013年全英オープンで、膝丈まであるラフからボールを打ち出すフィル・ミケルソン=写真はいずれも筆者撮影

 オノラブルカンパニーのホームコースは「ミュアフィールド」と呼ばれ、これまで16回にわたって全英オープンの会場となった。直近の2013年、この地で開かれた第141回全英オープンにおいて通算アンダーパーで回ったのは、3アンダーで逆転優勝したフィル・ミケルソンただ一人だった。

 世界の一流選手といえども、伸ばし放題の長いラフ、狭いフェアウェイ、150カ所もある垂直の壁で囲まれた背丈より深いバンカー、硬く速い起伏に富んだグリーン、吹き抜ける強風に手こずるのだ。

 そんな難コースで気分よくフォアサムを楽しむためには、ボールをラフやバンカーに打ち込まないようにするのが鉄則である。いつもバンカーやラフから打たされていれば、いかに紳士といえども気分を害して、息を合わせるどころではなくなる。危険なところを避けて、相棒(パートナー)が打ちやすいところへボールを運んでいれば、自然に息が合ってくる。4人の息があってこそゲームは白熱化して盛り上がる。

 同伴競技者のプレーに常に注意を払い、好ショットにはすかさず「ウェルプレイド!(Well Played)」、バンカーや深いラフから脱出すれば「ウェルアウト!」と褒め、短いパットを外せば「バッドラック!」と慰める。相棒のミスショットを絶妙なアプローチやパットで補うと、「サンキュー、パートナー!」との声がかかる。

 一方、相棒の絶妙なアプローチの後の短いパットには大きなプレッシャーがかかる。外してしまえばせっかくの相棒の好ショットが台無しなのだ。フォアサムでは、なんといってもバンカーショットやアプローチショットが肝心である。

ミュアフィールドの垂直の壁に囲まれた深いバンカーからボールを打ち出すサンダーソン氏。バンカーの縁には傾斜があり近くに落ちたボールが転がり込む

 コース上で最も重要な心得は「プレーファスト」、すなわち、迅速にプレーすることである。誰もが素振りをしないで、構えるや否や躊躇なく打つ。パットの素振りもしない。グリーン上で時間をかけてラインを読むなど論外である。

 スコットランドのゴルファーのプレーは年齢に関係なく実にきびきびしていて気持ちが良い。サンダーソン氏は、いつも背後に注意を払っている。プレー進行が早い組が追い付いて来れば、すかさず声をかけて追い越させる。

 「プレーファスト」のために大事なのがラフに打ち込まないこと。ラフに埋まったボールの探索には時間がかかるのだ。先回りした二人が待ち受けてボールの行方に注意を払っているとはいえ、伸ばし放題のラフに埋もれたボールを見つけるのは難しい。ロストボールになれば、そのホールの負けが早くも決まって気合が抜けてしまう。

 スコアを付ける人はいない。1ダウンとか1アップとかいう話も出ないが、勝負の行方はちゃんと頭の中でわかっている。あるホールで勝負が決まれば、どちらからともなく帽子をとって、にこやかに「良いゲームだった。ありがとう」と言いながら相手の目をまっすぐ見て握手を交わす。勝利を目指して真剣にプレーするのだが、勝敗は時の運だ。問われるのは勝ったか負けたかではなく、ゲームの中身、すなわち、「どれだけ手に汗握るゲームを楽しめたか」なのである。(つづく)