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安倍首相と黒田総裁の間に吹くすきま風

政権が軽んじ始めた日銀総裁の焦りと警告

木代泰之 経済・科学ジャーナリスト

 財政や金融政策をめぐり、日銀の本音が表に出ることが多くなった。黒田総裁と安倍首相の意見の相違が目に付き始め、両者が会談して一体感を演出しても、溝を埋めるのは難しくなっている。

「日本国債の保有はリスクになりうる」

衆院予算委での黒田東彦総裁。右端は安倍晋三首相=2014年10月3日午後

 2月12日の経済財政諮問会議。黒田総裁は主要国などで組織するバーゼル銀行監督委員会()で起きている議論を紹介し、「今は安全資産とされている日本国債だが、今後これを保有することはリスクになりうる」と警告を発した。

 会議のメンバーは困惑し、「マーケットに影響を与えるのはまずい」という政府の意向で、この発言の部分は議事録から削除され、箝口令まで敷かれるという異例の事態になった。

 削除された総裁発言の主旨はおおむねこういうことだ。

 欧州中央銀行は各国の国債を買う金融緩和に踏み切るが、バーゼル委員会は「国の破たんによって国債が紙くずになる事態が起こりうる」として、銀行が保有する国債を従来の「リスクゼロ」から「リスク資産」に変更するよう提案している。

 この案が実施されれば、国債を270兆円(国の残高全体の30%)も保有する日本の銀行はリスクを大量に抱えることになる。自己資本比率が圧迫されるので、国債を売って残高を減らす動きに拍車がかるだろう。その結果、国債価格が下落し、金利が上昇して景気が失速する懸念が出てくる。

「出口戦略」はますます困難に

 それを防ごうとすれば、日銀は際限なく国債を買い続けなければならない。すでに200兆円を超えている国債保有額(グラフ)は今後も増え続け、金融緩和を止めて残高を正常時に戻す「出口戦略」はますます困難になる。

 すでに格付け会社は日本国債の格付けを中国や韓国以下に引き下げている。だから、これ以上国債の信認が失われないよう、歳出の見直しや消費増税による財政再建(国債発行の削減)を強力に進めなくてはならない――。

 しかし、最近の安倍首相は財政再建を後回しにして経済成長率を高め、税収増を図る方が先だという考えだ。国債残高が増えても、GDPが拡大して対GDP比率が下がれば良いではないかと考えている。財政再建を急ぎたい黒田総裁との路線対立が鮮明になっている。

 景気で国民の支持を得ておく方が、首相が目指す憲法改正には都合がよいという判断も働いているのかもしれない。

国債リスクを語った部分を削除

 そんな政権にとって、増え続ける国債がリスクになる話など国民には知らせたくない。そのため議事録には、黒田発言のうちの財政再建を求める部分だけを載せ、国債リスクを語った約5分間分をすべて削除したのだ。

 この事実は9日後の2月21日に、テレビ朝日が夕方のニュースで「スクープ」として報じて世間に知られることになった。

 国債に限らず市場の取引では、情報が正しく広く開示されることが前提だ。総裁発言が政府にとって不都合であっても、

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