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バーナンキvs.サマーズの大論争

世界を救うのは金融政策か財政政策か? クルーグマンも参戦した議論の行方は

吉松崇 経済金融アナリスト

拡大バーナンキ前FRB議長

 バーナンキ前FRB議長が3月の終わりにブログを始めた。そして、早速テーマに取り上げたのがラリー・サマーズの「長期停滞仮説(Secular Stagnation Hypothesis)」である。バーナンキはこれを手厳しく批判し、サマーズもこれに応えて、その翌日には反論を行っている。
Ben Bernanke “Why interest rates are so low, Part 2, Secular stagnation” March 31, 2015

Laurence H. Summers “On Secular Stagnation: A Response to Bernanke” April 1, 2015

 何しろこれは、共和党(ジョージ・W・ブッシュ政権)が任命した前FRB議長と、クリントン政権の元財務長官でオバマ政権の経済政策ブレーンのあいだの論争であり、しかも二人ともアカデミズムの世界では超一流という評価が確立している経済学者である。

 また、ラリー・サマーズといえば、1年半ほど前にはバーナンキの後任としてオバマ政権がFRB議長への就任を検討した人物である。結局このときは、サマーズのFRB議長への任命には民主党の中に根強い反対があり実現しなかった、という経緯がある(この経緯については、拙稿「次期FRB議長指名を辞退したラリー・サマーズ氏の評判」2013年9月18日、を参照頂きたい)。

 そういうわけだから、この論争が大きな注目を集めるのは当然であり、米メディアもこれを大きく取り上げている。ただし、はじめにお断りすると、これは政治的な論争というよりは、本質的にアカデミックな論争である。

長期停滞仮説とは?

 サマーズの長期停滞仮説とは、一言でいえば、金融政策だけで先進国が直面している経済停滞を克服することは難しい、ということである。

 先進国はいずれも、非常に低い経済成長率、非常に低いインフレ率、そして非常に低い金利に直面している。2008年の金融危機の後で、いずれの先進国も大胆な金融緩和を行ったが、景気回復のテンポは想定に反して著しく遅い。サマーズはその理由を「インフレ率が既に低すぎるので、金融政策では均衡実質金利を実現することが難しく、その為に、投資不足と貯蓄過剰が解消されない」と考える。

 ここでキーとなる概念は「均衡実質金利」である。

 人々が、投資、消費、貯蓄を決定する要因となる金利は名目金利ではなく実質金利である。実質金利とは表面上の金利(名目金利)から予想インフレ率を引いたものである。実質金利が高ければ、人々は投資や消費を減らして貯蓄を増やすインセンティブがある。反対に、実質金利が低いと、人々は貯蓄を減らして、投資・消費を増やすインセンティブがある。

 均衡実質金利とは、望ましい投資水準と貯蓄が一致するような実質金利の水準である。ところが、人々の予想インフレ率が低すぎると、いくら大胆な金融緩和を行っても金利はゼロ以下にはならないので、実質金利が十分には下がらない。その為に投資不足(貯蓄過剰)が解消せず、経済は潜在成長経路を実現できない。だから、完全雇用も達成できない。

 均衡実質金利を決定する要因は、それぞれの国が直面している実物経済のファンダメンタルズである。例えば、技術進歩(イノベーション)のスピードや資本集約度、そして人口成長率、等々である。

 サマーズは、先進国が直面しているファンダメンタルズ、つまり、イノベーションの停滞、成長産業の資本集約度の低下(自動車産業とグーグルやフェースブックを比べれば明らかだろう)、そして低い人口増加率を考えると、均衡実質金利は著しく低下しており、現在では恐らくマイナスの領域にある、と考えているようだ。

 このように、金融政策の効果に対して懐疑的なサマーズは、景気回復の切り札は拡張的な財政政策にある、と考える。なにしろ長期金利は極めて低いのだから、今こそ連邦政府は公共投資(例えばインフラの更新投資)を大規模に行うべきである、というのがサマーズの処方箋だ。

バーナンキのサマーズ批判

 バーナンキのサマーズ批判は、先ず始めに、バーナンキ自身が主導した大胆な金融緩和が、時間がかかったとはいえ実際に景気回復をもたらし、雇用が回復しているという事実に立脚する。

 「仮に、サマーズが指摘するように均衡実質金利がマイナス圏にあるとしても、2%のインフレ目標により、ゼロ金利制約の下でもマイナス2%の実質金利が達成できる。これが現在の景気回復のメカニズムだ。」インフレ目標論者であるバーナンキの面目躍如といったところだ。

 第二のポイントは、「サマーズの長期停滞仮説は国際資金移動の役割を見落としている」というものだ。

 「仮に、アメリカがサマーズのいう長期停滞に陥っていたとしても、アメリカの企業や家計は海外に投資機会を求めることができる。そうすると国内の過剰貯蓄が解消するので、均衡実質金利が実現し易くなるはずである。つまり、サマーズの長期停滞仮説は、アメリカのような先進国のみならず世界中がいわゆる長期停滞に陥っていなければ成立しない」

 第三のポイントは、サマーズの処方箋、つまり拡張的財政政策に関するものである。バーナンキは一切の財政出動に反対な訳ではない。むしろ現在のアメリカでは、 ・・・ログインして読む
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筆者

吉松崇

吉松崇(よしまつ・たかし) 経済金融アナリスト

1951年生まれ。1974年東京大学教養学部卒業。1979年シカゴ大学経営大学院(MBA)修了。日本債券信用銀行(現あおぞら銀行)、リーマン・ブラザース等にて30年以上にわたり企業金融と資本市場業務に従事。10年間の在米勤務(ニューヨーク)を経験。2011年より、経済・金融の分野で執筆活動を行う。著書:『大格差社会アメリカの資本主義』(日経プレミアシリーズ、2015年)。共著:『アベノミクスは進化する』(中央経済社、2017年)。

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