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[10] リンクスを巡れば人生が変わる(下)

リンクス旅に出かけよう

山口信吾 ゴルフ作家

まだ見ぬリンクスを想えば血が騒ぐ

 2011年の「北限のリンクス探訪」では、9回フェリーに乗って、2000キロを走り、8つの幻のリンクスを巡った。この旅の最後に訪れたシェトランド諸島は、スコットランド本土から大型フェリーで12時間もかかる辺境の地にある。そのシェトランド諸島の中心都市であるラーウィックから、さらに北へ走り、小さなフェリーに乗り換えて、ウォールシ島に向かった。北海に突き出した岬を丸々占領している北限のリンクスがお目当てだ。

拡大北海に面して続く断崖絶壁に接した遥かなウェイに向かって、ちょうど現れた羊を目印にしてドライバーを振った。会心のショット!ボールはどこまでも転がっていく(ウォールシGC16番パー4)

 ウォールシGCの1番パー4のティーグラウンドに立つと、はるかな大海原に向かって赤茶けたフェアウェイが下っている。吹き付ける海風をものともせずにドライバーを振ると、白球は真っすぐ飛翔し、フェアウェイに落ちてどこまでも転がっていった。気持ちイイ! この一打のためにはるばるやって来たのだ。

 なんと酔狂な! なにを好んでスコットランド人でさえあまり行かない辺境の地に向かうのか、と思われるかもしれない。色々と調べて、英語版のコース案内書にも記されていない珠玉のリンクスの存在を知れば、冒険心が騒いで、千里の道も一里となる。まるで、未知の地域へ赴く探検家の進境なのだ。ぼくの訪れをひっそりと待っていた未見のリンクスにたどり着き、ただならぬ“神の造形"が眼に入ったときの驚きと感動は筆舌に尽くしがたい。

リンクスでのマッチプレーは愉楽の極み

 定年を迎えてからは、エディンバラの東郊にあるガランという小さなゴルフの街で、「コテージ」と呼ばれる小さな家を借りて、夏休みを過ごすようになった。ここで自炊するうちに、ガランと隣町のノースベリックにある肉屋と八百屋とデリカテッセンが行きつけになった。

拡大港近くのレストランでは獲れたての新鮮なロブスターが気軽に食べられる

 このあたりでは有機栽培と地産地消が大原則。スコットランドの自然の恵みは絶品だ。なかでもハイランドで放牧されているアンガス牛、放牧豚、北海や大西洋のカニやエビ、ブルーベリーなどのイチゴ類は味わい深い。滞在してこそ味わえる、スコットランドの汚れなき大地と冷涼な気候が育てた山と海の幸だ。

 滞在を繰り返すうちに、現地の人々と親しく付き合うようになった。親しくなったゴルフ友だちは、行くたびにぼくをホームコースに招いてくれる。彼らがいつもプレーしている、「フォアボール」や「フォアサム」と呼ばれるマッチプレーの仲間に入れてもらうのだ。

 パートナーと組んで、1ホールごとに、対戦相手との勝負を楽しむ。スコアカードを持ち歩いている人は皆無で、1アップだとか1ダウンだと口にする人もいない。マッチプレーになじむにつれて、ゴルフの神髄は、丁々発止の「18番勝負」にあるとわかってきた。ストロークプレーは、「カード&ペンシル」ゲームと呼ばれて敬遠されている。スコアを鉛筆でカードに書き込む面倒な作業を強いられるからだ。

 リンクスでマッチプレーをすれば、ゴルフの醍醐味を味わえる。膝丈まである深いラフ、

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筆者

山口信吾

山口信吾(やまぐち・しんご) ゴルフ作家

1943年、台北市生まれ。九州大学工学部建築学科を卒業後、同大学院を修了。69年、竹中工務店に入社。72年に渡米し、ハーバード大学デザイン大学院修了後、米国大手設計事務所に勤務。75年に帰国して竹中工務店に復帰。一貫して都市開発プロジェクトに従事。2004年の定年退職後はゴルフ作家として活動している。43歳でゴルフを始めた遅咲きゴルファー。ベストハンディキャップ8。97年以来、毎年のように英国の海岸地帯の「リンクス」と呼ばれる自然のままのコースを巡る。『定年後はイギリスでリンクスゴルフを愉しもう』(亜紀書房)、『普通のサラリーマンが2年でシングルになる方法』(日経ビジネス人文庫)、『死ぬまでゴルフ!』(幻冬舎)など著書多数。自身のブログはhttp://www5f.biglobe.ne.jp/~single 【2016年3月WEBRONZA退任】

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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