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[12] 全英オープンを心底楽しむ(下)

生中継でテレビ観戦、現地で生観戦、そして夢の舞台に立つ

山口信吾 ゴルフ作家

最終日の「筋書きのないドラマ」は見逃せない

 全英オープンは最終日に劇的な展開があることで知られている。1999年のリンクス旅の途上で、「カーヌスティの悲劇」と後に呼ばれる“世紀の自滅劇"をテレビ生中継で観戦した。

拡大カーヌスティ・チャンピオンシップコースの17~18番ホールを貫いて蛇行するバリー・バーン。バンデベルデはこの写真の右手からグリーンを狙った

 フランスのジャン・バンデベルデは、最終日、2位に3打差をつけて18番パー4(499ヤード)を迎えた。フェアウェイをバリー・バーンと呼ばれる小川が蛇行する厄介なホールである。ドライバーを握ったバンデベルデは、ティーショットを右に大きくそらしたが、幸運にもボールは隣の17番のセミラフにとどまった。

 第2打を刻んでフェアウェイに戻せば悪くてもボギーで優勝できたのに、バンデベルデは2番アイアンで果敢にグリーンを狙った。だが、ボールは右へそれて観客席を直撃し、跳ね返って一度越えた小川を再び越えて生い茂ったラフに入った。そこからの第3打目は、無情にも小川の中へ。靴を脱いでズボンの裾をまくって小川に入ったバンデベルデが、川底のボールを凝視して立ち尽くす映像は人々の心を打った。

 水切りショットを断念し、1打罰を払って生い茂るラフの中にドロップしてからの第5打は、なんとか小川を越えたもののバンカーへ落ちた。入れてプレーオフ、外すと優勝を逃す1.5メートルのパットをねじ込んで、結局6オン1パットのトリプルボギーとしてプレーオフに突入。そのプレーオフで敗れ、まさかの大逆転負けを喫した悲劇の主人公が、ゴルフの歴史に名前を刻んだ。

 ぼくが観戦に行ったロイヤル・セントジョージズGCで開かれた2003年大会でも、目の前で大逆転が起きた。単独首位でスタートしたデンマークのトーマス・ビヨーンは、14番で4つ目のバーディーを奪って4アンダーまで伸ばし、残すは4ホール。しかし、15番のティーショットをバンカーに入れてボギー、16番パー3では、グリーン右の深いバンカーから脱出するのに2打かかって悪夢のダブルボギー、続く17番もボギー。結局、通算イーブンに終わって1アンダーで先に上がっていた当時世界ランキング396位の無名の伏兵、ベン・カーティスに優勝をさらわれた。

 ターンベリー・アイルサコースで開催された2009年大会では、当時59歳のトム・ワトソンが2日目から首位を保っていた。最終日の18番パー4のティーグラウンドに立ったときには、通算3アンダーで2位を1打リードし、優勝に手がかかっていた。最終ホールをパーで終えれば、“全英オープン最年長記録"という歴史的な勝利になることをアナウンサーが繰り返し告げている。

 ティーショットをフェアウェイに運び、グリーン前端まで170ヤードの第2打を8番アイアンで打った。グリーンに落ちたボールは大きく弾んで、非情にも奥にこぼれた。リンクスでは想定外のことが起きる。返しのアプローチを寄せ切れず、2.4メートルのパットはカップに届かなかった。

 こうして、通算2アンダーで先に上がっていた23歳年下のスチュアート・シンクとのプレーオフに突入。だが、トム・ワトソンにはプレーオフを戦う体力も気力も残っていなかった。4ホールのプレーオフに大差で敗れて、奇跡の優勝に手が届かなかったのだ。 “偉大なる敗者"、トム・ワトソンに観客から惜しみない拍手が送られた。

拡大ロイヤル・リザム&セントアンズGCの200個にも及ぶバンカーは避けようがない(プレーヤーは筆者)

 ロイヤル・リザム&セントアンズGCで開催された2012年大会の最終日、首位でスタートしたオーストラリアのアダム・スコットが演じた終盤の悲劇は今も記憶に新しい。14番パー4でバーディーをとり、残り4ホールで2位に4打差をつけて、メジャー初優勝に手をかけたかに見えた。ところが、15番からまさかの大乱調で悪夢の4連続ボギーを叩いて自滅。18番パー4でバーディーをとってこの日68で回り、通算7アンダーで先に上がっていた南アフリカのアーニー・エルスに優勝が転がり込んだ。

 今年の全英オープンの最終日には果たしてどんなドラマが演じられるのだろうか。今から楽しみでならない。

名手たちの圧巻のプレーを生で観る

 ゴルフを真に愛するのなら、ぜひ一度、全英オープンを生観戦していただきたい。最難関のコースで繰り広げられる世界の名手たちの圧巻のプレーや練習ラウンドの様子を目の当たりにすれば、「ゴルフトーナメントとはこんなに面白いものだったのか!」と再認識されることだろう。

 全英オープンは8日間にわたって開催される。「えっ、4日間の開催ではないのか」と思われるかもしれない。確かに、試合があるのは4日間だ。しかし、会場は試合に先立つ日曜日から開いていて、練習日4日間の来場者数は3万人を超える。

拡大練習日のラウンドで、バンカーの垂直の壁に接したボールを仮想ピンに向かって打ち出す練習を繰り返す南アフリカのアー二・エルス(ミュアフィールドでの2013年大会)

 なぜ練習日に入場券(15~40ポンド)を買ってまでして大勢の観客が訪れるのだろうか。ここに全英オープンの真価が隠されている。観客は極めて熱心なゴルファーばかりなのだ。世界のトッププロがどんなスイングをしているのか、どんな練習をしているのか、練習ラウンドで何を試しているのか、興味津々なのだ。

 会場を歩き回って選手や観客、運営を支えている人々を観察していると、日本のトーナメントとはまるで異なった世界にいると感じる。まず、観客の反応が大きく違う。世界の名手たちが難関コースで見せる妙技を見たいからこそ、人々は1日80ポンド(1万5千円)もの身銭を切って遠方からわざわざやって来ている。

 熱心なゴルファーばかりの観客は、選手がこれからしようとしているショットやパットの難しさがよくわかっていて、名手がどのような一打を放つのか、固唾をのんで見守っている。だからこそ、その一打が成功したときには、間髪を入れず「ウワー!」という賞賛と感嘆の声があがり万雷の拍手が続く。不成功に終わったときには「アーッ」という深い嘆声が響き渡る。つまらないプレーには沈黙。まるでだれかが指揮をとっているかのように息が合っている。

拡大固唾をのんでロリー・マキロイのパットを見守る大観衆。グリーンを外せば生い茂ったラフの餌食(ミュアフィールドでの2013年大会)

 プレーヤーはもちろん超一流なのだが、観客も一流の「見巧者」なのだ。選手の一挙手一投足に観客から厳しくも温かい目が注がれ、選手はそれを痛いほど感じて盛り上がっていく。

 2013年マスターズ・トーナメントの覇者、オーストラリアのアダム・スコットがある雑誌のインタビューで「全英オープンのすごさとは何でしょうか」と聞かれて、「ゴルフへの尊敬の念が観客から伝わってくる。その点で米国とは雰囲気がまるで違う」と答えている。全英オープンの一番すごいところは、ゴルフを心底愛している大勢の観客の存在なのだ。

夢の大舞台に立つことができる

 マスターズ・トーナメントの舞台であるオーガスタナショナルGCを訪れてプレーすることは不可能に近い。約300人しかいないクラブ会員の同伴が必要だからだ。しかし、世界最高峰の全英オープン開催コースを訪れてプレーすることは可能である。世界最古の格式あるオノラブルカンパニー(コース名はミュアフィールド)でさえ、今やネットで予約してプレーすることが可能なのだ。世界の有名スポーツイベントの中で、実際に使われている晴れ舞台で一般アマチュアがプレーできるのは全英オープンぐらいではないだろうか。

 オールドコースでのラウンドを概説しよう。1番パー4(370ヤード)のティーグラウンドに初めて立てば、だれでも足が震える。600年に及ぶゴルフの歴史に対する畏敬の念を感じるからだ。数々の伝説に彩られたコースでプレーできる喜びに心が震え、世界の名手たちと同じ舞台に立っていることを思って興奮する。1番ホールのフェアウェイは広くてバンカーもラフもないので、足が震えていてもティーショットはなんとか打てる。グリーン手前を流れるスウィルカン・バーン(小川)越えの第2打が早くも試練だ。なんとか小川を越えてグリーンに辿り着けばやっと心が落ち着く。

 2番ホールのティーグラウンドに立てば、目前の伸び放題のラフが視界をさえぎっていて、危険なバンカーが口を開けているフェアウェイは見えない。手元にある「ストロークセイバー」と呼ばれるコースガイドを参照して、フェアウェイのレイアウトを頭に描いて方向を定め、思い切ってドライバーを振る。さあ、戦闘開始!

 14番ホールのティーグラウンドで視界をさえぎるラフを前にして逡巡していると、どこからともなく現れたコース係員が、「あの大聖堂の尖塔を狙え!」と教えてくれた。目標に狙いを定めるだけで会心のショット!

 17番パー4(495ヤード)のホテルを越えのティーショットを首尾よくフェアウェイに運び、第2打地点に至れば、「トミーズ・バンカー」が目に入る。1978年、3日目の17番ホールまで首位に並んでいた当時23歳の中嶋常幸が打ち込んで脱出に4打を要し、9打を叩いた名高いバンカーだ。この伝説のバンカーから一般アマチュアが運よく1打で出せる幸運もある。他人の失敗と自分の大成功を比較したり議論したりするのは、ゴルフならではの楽しみである。

拡大スウィルカン橋のはるか向こうにR&Aの格調高いクラブハウスが見える(オールドコース18番パー4)

 18番パー4のバンカーが1つもない広いフェアウェイに向かってティーショットを放ってから、かの有名なスウィルカン橋を渡る。2005年大会の2日目に、輝かしいキャリアに幕を下ろすことを決めた65歳のジャック・ニクラスが、この橋上で観客に手を振って別れを告げた。

 バンカーに打ち込んで脱出に3打も4打もかかったり、波打つ広大なダブルグリーンで3パットを連続したりしても、全てが思い出になり土産話になる。オールドコースと自分だけの名勝負を繰り広げるのだ。ゴルフ発祥の地で、ゴルフの歴史を肌で感じながら自然のままのリンクスでプレーすれば、ゴルフ観が大きく変わる。きっとはるばるやって来てよかったと思われるはずだ。

 全英オープンを現地で生観戦したり、開催コースを巡ってプレーしたりすれば、テレビ実況中継での観戦が2倍も3倍も楽しくなること請け合いである。コースのレイアウトが詳細に描かれたストロークセイバーを参照しつつ、コースでの自分のプレーを思い出しながらテレビ観戦するのだ。自分が脱出に苦労したバンカーがテレビに映れば、「あのバンカーだ!」とすぐにわかる。リンクスでの自分のプレーは、鮮明に記憶に残る。神の造形であるリンクスは個性に富んでいるからだ。

拡大全英オープン開催コースでプレーしたときに使ったストロークセイバーは今では一生の宝物

 最終日に最終組がプレーを終えるのは、日本時間では月曜日の午前2時ごろ。4ホールのプレーオフになれば、勝負が決するのは明け方となる。手に汗握る生中継をハラハラドキドキしながら観戦し、最終日の決着を見届けるのが今や我が家の年中行事となっている。

 270ヤードも離れた硬いグリーンになんなく一打で乗せたり、難しいラインの長いパットをねじ込んだりするプレーを見ていると、人間の能力のすごさに驚嘆し、それを臨場感あふれる生中継で観ることの幸せを感じる。ゴルフには様々な喜びと幸せが詰まっている。

筆者

山口信吾

山口信吾(やまぐち・しんご) ゴルフ作家

1943年、台北市生まれ。九州大学工学部建築学科を卒業後、同大学院を修了。69年、竹中工務店に入社。72年に渡米し、ハーバード大学デザイン大学院修了後、米国大手設計事務所に勤務。75年に帰国して竹中工務店に復帰。一貫して都市開発プロジェクトに従事。2004年の定年退職後はゴルフ作家として活動している。43歳でゴルフを始めた遅咲きゴルファー。ベストハンディキャップ8。97年以来、毎年のように英国の海岸地帯の「リンクス」と呼ばれる自然のままのコースを巡る。『定年後はイギリスでリンクスゴルフを愉しもう』(亜紀書房)、『普通のサラリーマンが2年でシングルになる方法』(日経ビジネス人文庫)、『死ぬまでゴルフ!』(幻冬舎)など著書多数。自身のブログはhttp://www5f.biglobe.ne.jp/~single 【2016年3月WEBRONZA退任】

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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