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日経のFT買収に見る〝勝負の分かれ目〟

大手紙にとってこの1年余が意味するもの

大鹿靖明 ジャーナリスト・ノンフィクション作家(朝日新聞編集委員)

会見する日本経済新聞社の喜多恒雄会長(右)と岡田直敏社長=2015年7月24日午後5時4分、東京都千代田区内幸町、嶋田達也撮影

 日本の〝クオリティーペーパー〟と言われることがある日本経済新聞社が、世界のクオリティーペーパーである英フィナンシャル・タイムズ(FT)を買収した。日経は〝箔づけ〟に大成功し、日本の新聞界には大衝撃が走った。2014~15年は日本の大手紙にとって〝勝負の分かれ目〟になった感がある。

 日経新聞の元編集委員によると、今回のFT買収に執念を燃やしたのは喜多恒雄会長だった。

 元編集委員の弁。

 「私が社内で喜多さんがFT買収にご執心と聞いたのは2年以上も前のことでした。一時は合意寸前まで行ったらしいのですが、結局買収価格で折り合わなかったと聞きました」

 日経のFT買収には、長い下準備があったようだ。かつて証券部で兜倶楽部キャップだった荒川大祐氏(現経営企画統括補佐)が事実上M&Aの担当責任者に据えられたが、「本当にやりたかったのは喜多さん。自分の代に何かを残したかったのではないか」と元編集委員は語る。

 欧米の主力メディアの売り物件というのは出物がめったになく、それだけに希少性がある。おそらく朝日新聞や読売新聞などの経営陣は、失地を回復できないほどの激しい〝抜かれ〟に衝撃を受けているのではないか。横並び意識の強い日本の様々な業界を見てきた私からすると、こういうときの〝出し抜かれた経営者〟は「自分も何かしないと世間一般(あるいは社内)から無能と思われてしまう」と強い危機感と焦燥感にかられるものである。

 ひょっとすると今後、新聞界でクロスボーダーのM&Aが流行るかもしれない。仲介役のインベストメントバンクには”ウブな”新聞社の経営陣は「葱を背負った鴨」に映るであろう。願ってもない商機である。

 ところで、日経が今回雇ったフィナンシャルアドバイザーは英ロスチャイルド、法務アドバイザーは敵対的買収劇などでよく名を聞くスキャデン・アープスだった。

 実はずいぶん前のことだが、私もあるメディア企業の大株主からFTをめぐるM&Aの打診で、このロスチャイルドの名前を聞いていただけに、意外の感をもって今回の買収劇を見ている。

 私の古い取材メモを引っ張り出すと、そこにはこうある。

 「ロスチャイルド銀行のロスチャイルドさんから『興味ないか』といわれた。ウチの会社の経理担当に『どうだい、買収を研究して』と言っても誰もわからない、住友信託銀行に聞いてもわからない。ロスチャイルドさんは『これは過小評価ですよ』と言っていたのだけれどね」

 このメディア企業に打診があったのは10年以上も前の話である。そのときの先方の提示額は140億円ぐらいというので、今回の日経の買値の10分の1以下。歴史に〝if〟が禁物なのは先刻承知だが、

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