メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

権利保障おきざりの規制緩和 改正派遣法を考える

林美子 朝日新聞編集委員

安保法制をめぐる議論の陰で

 労働者派遣法の改正法が、9月30日に施行された。

労働者派遣法改正案を審議する参院厚労委が紛糾し、丸川珠代委員長の周りに集まる与野党委員ら=9月8日午後0時8分拡大労働者派遣法改正案を審議する参院厚労委が紛糾し、丸川珠代委員長の周りに集まる与野党委員ら=9月8日午後0時8分

 派遣法が1986年に施行されて30年目、制度が始まって以来の大改正であり、多くの労働者に影響を及ぼす可能性が高いにもかかわらず、安保法制をめぐる議論の陰に隠れてか広く注目を集めたとはいいがたい。改正法への評価も分かれたままだ。私は今年6月から7月にかけて、3回にわたり、WEBRONZAに派遣法改正問題について書いてきた。

 まとめをかねて、派遣労働のあり方について一から考えてみたい。

 最初に、施行翌日の10月1日に開かれた日弁連の人権擁護大会で登壇した派遣労働者、宇山洋美さん(56=仮名)の発言をかいつまんでご紹介しよう。

 宇山さんは、次のように改正法を批判する。

 「同じ職場で派遣として15年以上働いてきたが、10歳下の女性正社員と2倍以上の賃金格差がある。月100時間の残業をしたこともあるし、10の資格を休日に自費で取った。それでも正社員にはなれなかった。今回の改正により、3年後には必ず職を失うと上司に言われた。改正法の規定では、3年たつと派遣会社が派遣先に直接雇用を『依頼』するというが、意味のないことだ」

 宇山さんの発言を例に改正法を読み解くと、以下のようになる。

 まず、派遣を含む非正規労働の規制には、入り口規制、出口規制、その間の権利の保障の3段階がある。最初に入り口規制について。

 派遣労働は戦後ずっと禁止されていたが、1986年の派遣法施行で解禁された。派遣を使える業務も、最初は限定されていたが徐々に拡大されてきた。今では建設など一部の禁止業務を除き、すべての仕事で派遣を使えるようになっている。つまり、入り口規制はすでにないに等しい。

 そのかわりこれまでは、出口規制があった。派遣労働を一時的・臨時的なものに限る原則のもと、専門業務を除いて派遣は3年までしか使えないとするものだ。

 宇山さんは、26の専門業務の一つ「OA機器操作」の契約で15年働いてきた。ところが今回の法改正でその区分がなくなり、すべての仕事について、労働組合の意見聴取などの条件をクリアすればいつまでも派遣労働を使えるようになった。

 「一時的・臨時的」の原則は、使用者からみるとあまり意味を持たないものになったといえる。出口規制の緩和である。ところが逆に、「一時的・臨時的」の原則は、労働者のサイドに強化されて残った。どんな仕事でも同じ派遣労働者が3年を超えては働けなくなったのだ。だから宇山さんは「3年後には必ず職を失う」のである。

 一方で、2012年の法改正により、違法派遣の場合は派遣先が労働者に直接雇用を申し込んだと見なす「見なし雇用」が導入された。施行日は15年10月1日だ。

 宇山さんの仕事は「OA機器操作」だが、実際はそれ以外の様々な事務仕事も任されており、「期間制限違反」の可能性がある。だから、宇山さんの場合、法律が改正されなければ「見なし雇用」の適用もありえた。しかし今回の法改正で、すべての派遣労働者は3年を超えては働けないことになった。施行日は9月30日、見なし雇用制度が始まる前日である。

 政府はこの施行日に合わせるため、国会での可決、成立から20日弱の間に大急ぎで施行令を作った。そして、宇山さんが見なし雇用制度を利用して直接雇用される可能性はなくなったのである。

均等待遇を定める実効性のある法律がほとんどない日本

 入り口も出口も自由にしてしまっても、働いている間の権利保障をきちんとすればいいのではないか。そういう考え方も成り立つだろう。権利保障の最も大きなものは、派遣労働者と派遣先の社員との賃金面などでの均等待遇である。均等待遇を実現しているEU諸国では、派遣会社へのマージンが賃金に上乗せされる分、派遣労働が高くつく。企業が派遣労働者を使いにくくなり、事実上、派遣労働者がそれほど増えないようになっている。

 だが日本には、均等待遇を定める実効性のある法律がほとんどない。パート労働法には規定があるが、適用対象は全パート労働者の2%程度にすぎない。直接雇用されている労働者同士の均等待遇の実現が難しいなかで、間接雇用である派遣労働者と、派遣先の労働者との間の均等待遇はさらに厳しそうだ。今回、「職務に応じた待遇」の推進法が議員立法で成立したが、この法律も「必要な措置を3年以内に講ずること」や調査研究を政府に求めているだけである。

 以上をまとめると、日本には入り口規制がほとんどなく、出口規制を今回の法改正で緩和し、かといって働いている間の権利保障も不十分だ。権利保障なきままの規制緩和である。

 改正法には「雇用安定措置」や「キャリアアップ支援措置」などがいくつも書いてあるが、派遣労働者たちは「実効性がない」と激しく批判している。宇山さんの「直接雇用の『依頼』は意味がない」という発言は、そのことをさす。だから、失職の不安を感じた派遣労働者たちが、何度も集会で発言したり、ウェブアンケートで数百人が実情を訴えたりしていた。

出口規制の緩和は権利保障とセットで実現すべきではないか

 この点で、改正法成立翌日の朝日新聞の社説は興味深い。

・・・ログインして読む
(残り:約1686文字/本文:約3894文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

林美子

林美子(はやし・よしこ) 朝日新聞編集委員

1962年生まれ。85年入社。新潟支局、水戸支局、経済部、社会部、くらし編集部、北海道報道センターなどを経て2014年4月から現職。労働問題を中心に取材。2015年5月から6月にかけて、「プロメテウスの罠」に「たらちねの母」を執筆。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです