2015年10月14日
政府は、環太平洋経済連携協定(TPP)で影響を受ける農家への対策を行うという。歴史は繰り返す。ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉でも6兆100億円の国内対策が講じられた。
私は1993年、農林水産省の交渉調整官として、ガット・ウルグァイ・ラウンド交渉に参加した。当時は、輸入数量制限などの関税以外の措置を関税に置き換えること(「関税化」といった)が大きな問題だった。農業界や政治家からは、「関税化すると、日本農業は壊滅する」と言われた。
私の仕事は、米について関税化の例外(特例)措置を獲得することだった。10月15日に2週間の滞在予定でジュネーブに出張したが、結局12月15日ウルグァイ・ラウンド交渉が妥結するまで、60日間一日も帰国することなく、各国やガット事務局と交渉を続けた。
サザランド・ガット事務局長が、木槌を振り下ろして交渉の終結を宣言した場にも、同席した。関税化していれば、消費量の5%のミニマムアクセス(関税ゼロの輸入割り当て)で済んだところを、8%にするという代償を払うことになったが、関税化の特例措置は、WTO農業協定附属書5として実現した。私の上司は、国際交渉の経験豊富な故宮沢喜一元首相から、「これはパーフェクト・ゲーム(完全試合)ですよ」と褒められた。
当時の米の生産・消費量は1千万トンで、80万トン程度の輸入は大きなものではなかったうえ、細川内閣は、これを受け入れるに当たり、国内の需給に影響を与えないという、閣議了解を行った。つまり、輸入はするのだが、財政負担をして、輸入した米と同量の米をエサ米や援助用に処分するので、国内の生産を減少させる必要はないというものだった。しかも、今まで通り、輸入制限は維持・継続するのだから、国内農業には、全く影響はない。したがって、何らの国内対策も必要なかった。事実、なんの影響もなかった。
しかし、交渉妥結後、野党だった自民党の人から、細川内閣で米の部分開放をしたのだから、自民党が政権に復帰したら、国内対策をやるのだと聞いた。事実、その通りになった。政権復帰後、自民党の農林族議員は、一年で1兆円、6年で6兆円だと主張し、巨額の対策費が計上された。
この国内対策には、いかなる理屈も正当性もなかった。影響がないのに対策が打たれたのである。農業の合理化を進めるのだ、そのために基盤整備等のための公共事業や構造改善事業等が必要なのだという理屈が、無理やりこじ付けられた。予算額についても、農水省が必死に対策費を積み上げても1兆円に届かなかったものを、無理に1兆円として計上した。1兆円という数字の根拠もなかった。
結局、使い道に困った市町村によって、温泉ランドなどの壮大なムダが生まれた。巨額の国費を公共事業に投じたにもかかわらず、基盤整備は進まなかった。このとき、本気で基盤整備を行っていたなら、TPPで大騒ぎしなくてもよかったはずである。
今回も同じである。
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