2015年10月30日
中東やアフリカの難民がEUに殺到している。人道主義に立って難民・移民を大量に受け入れれば、一時的に治安悪化や宗教対立、財政の負担増は避けられない。しかし、長期的な世界の人口予測(グラフ1)を冷静に眺めれば、現在の反発や混乱とはまるで違った風景が見えてくる。
アジア・アフリカの人口膨張の一方で、欧州の人口は減少を続け、世界に占める相対的な地位は低下していく。10~20年後の欧州では、労働力不足を補うために、逆に難民・移民の奪い合いが始まるだろう。
2000年代に世界人口が60億人を超えたとき、世界は本気で人口爆発を心配したが、ここへ来てすう勢が変わってきた。多くの途上国は中進国に成長すると出生率がどんどん低下している。子沢山が家計に役立つ時代から、少数の子どもに高等教育を施す時代に変わるからだ。
世界の現在の平均出生率は平均2.5だが、今世紀末には2に減少する、と国連は予測する。これからの世界の人口増加は、出生率よりむしろ高齢化による寿命の延びが大きく影響するようになる。
EUは人口減少と高齢化が特に顕著だ。グラフ2はEU全体の2060年までの人口予測を示している。移民がないケース(青線)では、人口は加速度的に減り続け、2060年には今より7000万人少ない4億3千万人になる。労働力人口は不足し、経済規模は縮小する。高齢者人口の割合が高くなるので、年金・医療など社会保障は苦しくなる。
この事態を防ぐべく、移民を積極的に受け入れるメインシナリオが橙色の線である。人口増や消費増加が期待できるので成長率は高まり、労働力不足は解消し、社会保障の設計は移民がないケースより楽になる。
大手銀行クレディ・スイスの試算では、今後5年間に500万人の難民を受け入れた場合、ユーロ圏の成長率は0.2~0.3%押し上げられるという。「若い世代の難民が労働市場に参入するので、高齢化で低迷する欧州経済は息を吹き返すかもしれない」と分析する。
HSBC(香港上海銀行)も、「難民流入は潜在成長率を0.2%押し上げ、10年後までに3千億ユーロの富を生み出す」と試算している。こうした冷静な期待が、将来の難民・移民の争奪戦を生み出すのである。
とくにドイツの場合は、出生率が1.38と低い。このままでは現在の人口8272万人は2060年には20%減の6600万人になる。現状でも60万人の労働力人口が不足している。ナーレス労働社会相は「難民流入は幸運なこと」と述べ、ドイツ語教育や職業訓練のために約4300億円の予算を付けることを表明した。
ドイツは今後80万人の難民を受け入れるが、これは決して人道主義だけによるものではない。将来を見越せば、この程度の人数ではまだまだ焼け石に水なのだ。
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